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解決

 ゆったりと道路を走るワゴン車。その後部座席に、私は畏まって座っている。

 運転席では円さんが、音の調子や雰囲気から、鼻歌を歌いながら運転している。

なんとなく、気まずい。一切会話がないから。運転中に文字を書いたり見たりする余裕なんて、全くないことは分かってるから仕方ないとも思ってるんだけど、わたしがこの事態を招いてると考えると、紫音君の家族である円さんに対して、すごく申し訳ない。

 沈んだ気持ちで、俯いて、茫然と到着まで待っていたら、不意にエンジンの音が消えた。

『到着』

 続くように、円さんが携帯の画面を見せて、もう片方の手で左を指差した。その先にあるのが紫音君の家らしい。

(わあ……)

 すごい大きくて、お屋敷みたいに綺麗な家だった。塀の高さを超える植木はキチンと手入れされてるし、マンガでしか見たことないような、大きな鉄柵の門から見える道筋は舗装までされていた。

「………」

 足が動かなかった。自分の家との違いに圧倒されたのもあるけど、この家に入ると、紫音君と再会することになると思うと、さっきも抱えていた恐怖が一層増した。

『いま、どういう顔で会いに行けば良いんだろう。って思ってるでしょ?』

 顔を背けるように俯いてる私の視界を覆うように、上からスケッチブックの紙が差し出されて、そこには私の心を正確に見抜いた文面が載せられていた。

 恐る恐る顔を上げて、円さんの顔を見ると、優しい顔をしていた。上手く表現は出来ないけど、恐怖心でガチガチの私を安心させようとする気持ちが、表情にあった。

『紫音は、あなたに対して申し訳ないって思ってる。話を聞けば全面的に紫音が悪いんだし、あの子もちゃんと認めてるわ。だから彩ちゃんは、ムキになって叩いたことだけ紫音に謝ればいいの。それで今回のいざこざは決着するから。

 いい、何かの理由で会うことをためらうのは仕方ないわ。相手のことを思ってのことだもの。でも不必要なほど気負わないで。相手も、どうすればいいのか分からなくなるから』

 スケッチブックのページ二枚分を使って示された、円さんの言葉は、とても説得力があった。まるで自分が経験してきたことみたいに。

『じゃあ、どうしたらいいんですか。私は』

 円さんは、スケッチブックに反しの言葉を書いて、そのページを千切って渡すと、運転席から降りた。

『紫音と顔を合わせたら、一言「ごめんなさい」と言って、頭を下げる。すべきことはそれだけ』

 円さんが、私が座ってる側のドアを開けてくれた。それと同時に、もう一枚ページをくれた。一度に渡せばいいのに、と思いながらそれも文面を見ると、

『ああ、なんなら一発引っ叩きなさい。実の姉として許可します』

 その文面を見てから円さんの顔を見ると、ちょっとだけ意地の悪そうな笑みを浮かべていた。それに対して私は苦笑いを返すことで、そのお許しは遠慮すると返した。

暴力を使おうという気はもうない。あの時、しっかり反省したから。

『遠慮しなくていいのに』

苦笑して、それから、円さんは招待するように空いてる手を自宅へ向けて、私に紫音君に会いに行くことを促してくれた。

(私が、すべきこと)

 はっきり「ごめんなさい」と言って、謝ること。心の中で再確認して、車から降りた。

 門が開いて、円さんの後ろについて敷地に入る。石畳の道の両脇は、縁石を隔てて均された芝生が生い茂っていて、春だからか蝶々が飛んでいる。

 玄関の扉の前まで来た。模様の彫られた大きな木の扉は、正面に立つだけで緊張してくる。

『付き添ったほうがいいかしら?』

 間違いなく、私が紫音君に会うことについて。その気遣いに私は首を横に振って断った。

『そう。じゃあ頑張ってね。私は車を車庫に戻してくるから』

 しつこく付き纏おうとはせず、私が断ったのを素直に受け入れて、円さんは一人にしてくれた。

 大きな扉をじっと見つめる。ゆっくり、深く息を吸って、一気に吐き出して決意を固めて、私はインターホンを鳴らした。電子音の固い音が視界に映った。

 待っていると、扉越しで微かに音が漏れ出すのが見えた。それを確認して、扉を開く。

 扉を開いて見えた広い玄関には、松葉杖を突いて、足にギプスを付けた紫音君が立っていた。

「(よお。まずは謝らないとな。悪かった)」

 頻繁に目にするあいさつ辺りの短い音から始まって、私にだけ向けたようにまっすぐな音と一緒に、紫音君は頭を前に傾けた。

「私こそ、ごめんなさい!」

 音の雰囲気と動きで、あの時のことを謝ってくれたのは簡単に分かった。だから、私も自分が反省すべき所を思い浮かべながら、しっかりと頭を下げて、声に出して謝った。

 顔を上げると、ちょうど同じタイミングで顔を上げた紫音君と目が合った。何気ない偶然に、お互いに無言で見つめ合うと、不意に紫音君が微かに笑い声を漏らした。それにつられて、私もクスッと笑ってしまった。

『ようこそ弥弦家へ』

 スリッパを履いたまま私の目の前まで来て、用意してあったスマホの画面を見せてくれた。

その文面を見て、私は実感できた。紫音君とのわだかまりは、無事に解けたんだって。

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