噴火したら固まって凹んだりして雨水が溜まって……決壊するかも
その日からイリアは兄を避けた。
嫌われている兄の目に自分を映させたくはなかった。
兄の仕事の日は家に、休みの日は父と一緒に王都へ行きアギフに会った。
遅い春が来てアギフ達旅の一座が海の国へ行った後も、イリアは兄を避け続けた。
小さな白い花が咲き小鳥が鳴いている。長い冬を耐えた木々の先から新緑が芽吹く。窓から入る陽射しは暖かく風に乗って草の葉や花の薫りがする。イリアはそれを胸一杯吸い込んで(ああ、春だなぁ)と微笑んだ。
今日の兄は昼から仕事で夜勤だった。夜勤なのだから、昼前まで寝ていればいいのに兄は通常通りに起床し家の用事を済ませる筈だ。まだ、寝ているだろうけど、兄と顔を合わせたくなかったイリアは朝食のサンドイッチを籠に詰めてもらうと音をたてないように玄関へ向かった。
しかし。
玄関ホールの階上からイリアを呼び止める声がした。
「お兄さま……お早うございます。早いんですね」
兄の目を見れなかったので、挨拶と同時にこれ幸いとばかりに頭を下げる。階段を降りる足音がやけに大きく聞こえる。 兄が近付いて来る。
一体兄はどんな顔をしているのだろうか。
怒りか哀しみか、それとも嘲りか。
『シスコンでは無い』と言われた時の兄の顔を思い出して、イリアは眉根を寄せ唇を震わせた。
見たくない。聞きたくない。何も知りたくない。
搾りだした声は低く兄を拒絶していた。
「わ、わたくし急ぎますので、これで」
俯いたまま踵を返すと兄の制止の声も無視して家を飛び出した。
イリアは王都へ続く山道を息が切れるまで走り続けた。
所々、雪が溶け残っていたのか土がぬかるんでいる。太い幹に寄りかかり顔を上げると、淡い緑の葉と青い空が眩しい。爽やかな風が頬を撫で葉をさわそわと揺らしていく。
「……ははっ。あははははは、は……うっ」
乾いた笑い声がイリアの口から漏れ出で、それはやがて嗚咽となった。イリアは木から背中を離すと反転して縋りついた。
兄を避ける事はとてつもなく辛かった。
ここ数ヵ月、兄とまともに喋っていない。
挨拶と必要な会話だけ。
兄が何か言おうとするのだが、先程の様にイリアが会話をぶった切って終わらせる。
自ら避けて、終わらせているのに、どうしようもなく苦しい。
兄に嫌われているという事実がイリアを臆病にする。
だめだ。
泣くな。
わたくしに泣く資格なんて無い。
お兄さまはずっと苦しんで来たんだから。
マッチョで無い事を厭われながら、努力し続けたお兄さま。
マッチョ=実力みたいな騎士団で、団長にまでなったお兄さま。
それに比べてわたくしなんて……。
アホでバカで愚かで自分勝手で我儘で。
そんなアホが。
お兄さまの結婚相手を見つけてあげようなんて、上から目線。
なんてっ烏滸がましいっ!
ああ、わたくしはほんとっ!!アホでバカで愚かで自分勝手で我儘なんだろうっ!!!
自分で自分が憎たらしいっ。
背後で枝を踏む音がして、思わずイリアは振り向いた。
涙でボロボロになっている事も忘れて――。




