兄と書いて非マッチョと読む3
「イリア。今日は姫殿下とのお茶会だろう。何故ここに?」
この訓練所の中で唯一マッチョでない男、わたくしのお兄様が先程よりは幾分か柔らかい声で言った。だが、まだ非難の色が残っている。
「すみません・・・」
答えになっていないのは分かるのだが、理由を述べるつもりはない。わたくしが『ブラコン』である、と|彼ら(四人)が知っていても、敢えて「お兄様の訓練風景を見に来た」などとは言わない。
そこまで、おおっぴらにブラコン宣言していないし・・・。
お兄様は長い息を吐いた。わたくしが先程四人にしたような、わざとらしい溜め息を、だ。
それから視線を四人に向け直す。
「殿下達は訓練を続けて下さい」
「そ、そうだな」
言って、王子は上着を脱ぎ腰に佩いた剣に手をかけたのだが・・・。王子側近はわたくしの肩に手を置いて、ニッコリと王子に会釈した。
「では、殿下。僕は湯浴の準備をしておきますね」
「私も仕事があるのでココで失礼しますねぇ」
「ちっ」
続けて宰相子息も訓練再開を固辞した。舌打ちしたのは護衛の為に王子と共に訓練所に残る羽目になった正騎士だ。王子は一瞬呆気に取られたようだ。ぽかん、と間抜け面をしている。美人はそんな顔をしていても美人だなぁ、とぼんやり考えていたわたくしの腰に宰相子息の手が添えられてぎょっとしてしまう。更に笑顔を近付けてきて「王城までお送りしましょうか。ねぇ?」と言うので、わたくしは固まってしまった。
「それには及ばん。妹は私が連れて行く」
お兄様の救いの手が伸ばされた。わたくしの手を取ると身体をクルリと回転させその腕の中に納めた。スカートがひらり、と舞って、しゃん、と音がした気がして(ワルツみたいだな)と思った。ワルツなんて田舎の山奥の国だし祭りといえばポルカだから踊ったことないけど・・・。
「では」
お兄様は尚も追い縋る四人を冷たく一蹴して、わたくしを促した。わたくしはお兄様のせいで赤くなった顔をどうにかこうにか繕うと「ごきげんよう」と会釈して歩き出した。
「まったく、イリアは」
「ごめんなさい、お兄様。お兄様に会いたくて・・・。まさか四人全員に捕まるとは思ってなかったの」
王城へ続く一本道を歩きながら、わたくしは謝罪した。子供がよくする舌をペロッと出す謝り方だ。両親の前でやったら叱られるだろうが、お兄様は案の定苦笑するだけだった。それても小言は続く。
「・・・イリアが筋肉嫌いだということを奴らは知らないのだから、仕方ないが。慣れなれしく触らせないように。もう十六歳なんだから。」
この国では十六歳を過ぎると男女共に結婚適齢期を迎える。今までは挨拶されたり少し話しかけられたり程度だったが、最近はやけにスキンシップが多い、と思う。家を通しての婚約の打診なんかもこの時期から始まる。
せめてもの救いは、この国は恋愛結婚Okという点だ。貧富、身分の差もあってないような物だから、誰と結婚しても良い。ただ、貴族の嫡男は家を守らねばならないから、独身は良しとされていない。
そして、マッチョ嫌いのわたくしは・・・このまま行くと独身かなと思う(まあ、貴族なので諸々の事情で要結婚なんだけど)。前世でも(覚えているかぎり)独身だったのに・・・今世でも独身なんて。せっかく侯爵令嬢に生まれて、美人達に求婚されているのに・・・マッチョなんて。この際、マッチョには目を瞑るべきだろうか。いやいや。結婚だから、ね。最終的にあれに触らなくちゃいけない訳でしょ・・・。う~~ん、ムリムリ。
そんなことを考えている内に、裏門の前まで登って来たようだ。
「お兄様も王城に?」
「いや、城の用はすでに済ませたから訓練に戻る」
わざわざ送ってくれたのか。うーん、妹には優しい兄だ。
「ありがとう、お兄様。頑張ってね、でも、あんまり厳しくしてあげないでね。彼らも悪気があって近寄って来る訳じゃないから・・・」
そう、悪気はないんだ……多分。
弱冠セクハラ入ってるしマッチョイヤだけど、さ。
それに・・わたくしの方が、悪い。
「優しいな、イリアは。」
言って、笑ったお兄様の後ろ姿を見送った。今の笑いは・・・自嘲だった、だろうか。
お兄様は二十七歳、独身。
理由はマッチョじゃないから。
勿論、わたくしのせい。
ごめんなさい。お兄様。
こればっかりは、ホント、反省してます。
読んでくださってありがとうございます!!
宰相子息の語尾などを訂正していますが、内容は大して変わりません。2016.2.22
ワルツの件やイリアの(それに・・・わたくしの方が悪い)という文を追加しました2016・6・1