異世界の月明かりの下で理由を考えたり、とか
「……マント、忘れてった」
今、体が熱いのは、決して、南の次男坊のせいではない。マントのせいだ、マントのせいだ。
イリアは頭を振る。頭の中にもうもうと浮かび上がって来るモノを消し去りたかった。
例えば、奴の温もりとか、上腕の筋肉とか、手の平越しの胸筋とか自分の腰に回された手の硬さとか息が掛かる程近い奴の顔とか黒く長い前髪に隠れた赤い瞳とかそれがやけに鋭くて真っ直ぐ見つめてきて……とか。とか……考えないようにと考えれば考える程、浮かんできて消えてくれない。
イリアの体に残された感触も消したくて、ぎゅっと自らの体を抱き締めれば、マントが絡んできて奴の香りに包まれ先程の温もりを思い出してしまう。目を閉じても、あの強い瞳がイリアの視線を離してくれない。骨に響くような重低音が「嫁に……」と追い掛けて来る。
イリアは再び頭を振った。
別の事を考えよう。例えば、嫌いな物とか。つまり、筋肉とか……筋肉……筋に、く……。
ああっ!
布越しに筋肉に触ってしまった!!
王子の筋肉にも触ってしまった!!
今夜だけで2マッチョに接触!?
お、恐ろしいっ!!!
止め止め。
嫌いな物を態々考える必要無し。
別の事、別の事……。
「冗談、ではなく……か」
イリアはバルコニーの柵に背中を預けたまま、カーテンの隙間から覗く広間を見つめた。
闇の中、月明かりだけがイリアを照らし、冷たい風が時折マントやスカートの裾を翻して行く。広間は煌々と灯りが照らされ人々は踊り笑い楽しそうだ。たったカーテンを一枚隔てているだけなのに、此方と彼方は別世界のように感じられた。
『嫁に……』と、先程から何度も反芻してしまっている。
正直言って……嬉しい、のだ。
前世、今世、合わせて初めてプロポーズされた。
相手が南の次男坊とか関係ない。
ただ単純にプロポーズされたという事実に喜んでいるのだ、前世地味OLが。
勿論、プロポーズを承けるつもりは無いが……今までだって、奴をそういう目で見た事はなかったし。
マッチョだし。
会えばケンカばかりで苛つく相手だし。
だから、 まさか。
プロポーズされるなんて思ってもみなかった。
それも『好き』だから、なんて……。
素直に嬉しい……でも、こんな事初めてで恥ずかしい……だけど困る。
頭の中……ぐちゃぐちゃだ。
どうしようどうしよう。
何て断ろう……。
マッチョ嫌い、だから……って理由は駄目だ。
それは、いくら何でも失礼だ。
いや、いいのか?
タイプじゃ無い、って事だもんね?
良くある断りの文句だもんね?
いやいや、駄目だ。
このマッチョ至上主義の国じゃ駄目だ。
存在定義の否定になっちゃう。
マッチョは理由に出来ない。
どうしよう。どうしよう。
声?
……重低音タイプだよっ!
顔?
……イケメンだよっ!
家格?
……同格だよっ!
性格?
……ケンカっぽいよっ!それしか知らないよっ!
良いトコ?
……良いトコ、良いトコ……良いトコ……?
良いトコが無いっ!!
これが、お断りの理由!!
失礼この上無いっ!!!
ケンカしかしてないのに、良いトコなんか分かんない……。
南の次男坊は、わたくしの何を好きになったんだろうか……。
いつもありがとうございます!