ワルツは踊らない
王子にダンスを誘われてしまった。
まさか断る訳にいかないし……溜め息を圧し殺して「喜んで」なんて微笑んで見せる。
兄にだけ困ったように笑いながら離れる旨を断って、王子の手を取った。
その瞬間、王子の筋肉質の手がびくっと震えた。
反射的に王子を見上げて、止めて、と俯く。赤いのが移ってしまう、と。
王子の剣ダコの出来た硬い手に引かれながら、そういえば触れるのは初めてだな、とぼんやり思う。繋ぐというよりは、触れていると言った方が正しいような二人の手と手が、余計に羞恥心を煽る。
熱いのは恥ずかしいせいだ。熱いのは王子の手が熱いせいだ。顔が赤くなってしまったのは王子の顔が赤いせいだ。文句の一つも口を出て来ないのは王子が黙っているせいだ。
全部、王子のせいだ。
早く早く早く早く早く……踊って終わりにしなければ。
不幸にも広間の中心に連れ出されてしまった。いや、相手が王子なのだから仕方ない。大勢の視線が集まるのも仕方ない……嫌だけど。
途中参加なので、キリの良い所まで音楽を聞きながら待つ。今は両の手が繋がれて少しリズムに揺れている。
「……今夜は綺麗だな」
さあ、踊り出そう!という所で、王子がぽけぇ~と呟いた。
余りの呆け具合と恥ずかしい台詞に動転して、思わず王子の手をぎゅっと握り締めてしまった。
その事に王子が驚いて慌てている。
「い、いや、いつも綺麗じゃないって意味ではないっ!ただ、普段はどっちかっていうと可愛いから」
今すぐその口を塞いでやりたい衝動に駆られる。
序でに仮面じゃなくて、ひょっとこのお面も着けてやりたい!
「あ……ありがとう、ございます」
恥ずかしいやら、真っ直ぐな物言いが怖いやらで俯いてしまう。
今夜の王子は変だ。
やけに積極的だ。
パーティーのせいか。お酒でも飲んだのか。
イリアがぎゅっと握り締めてしまったせいで、二人の両の手は硬く繋がれている。王子の手の硬さや温もりを強く感じてしまう。王子の腕は太くて肩はがっちりしていて胸板は厚く、筋肉が盛り上がっているのが分かる。
マッチョなのに、マッチョなのに、マッチョなのに!
緊張する。
緊張する。
つまり、ドキドキ……している。
認めたくないが、マッチョ相手にドキドキしている。
……いいさ、仕方ない。
マッチョといえど、相手は美青年。
金髪碧眼の本物王子様に、お世辞とはいえ『綺麗』とか『可愛い』とか言われて、ドキドキしない女の方がどうかしてる。
そう、だから。
これは当然の事。
大丈夫大丈夫。
恋ではない。
断じて、マッチョに恋してる訳ではない!
始まってもいないし、決して始まったりしない!!
王子、はっきり口説く(予定)……口説けなかった。褒めるのも、吃った。
久しぶりで緊張したんですっ!触ったのは初めてだったから舞い上がったんですつ!!22歳だけど好きな娘の前じゃ男子中学生になっちゃうんですっ!!!
すいません、言い訳です。