マッチョもかつては美少年だった……
イリアの、側近(従者)と王子に対する態度は天と地程も違った。
何故なら、この時十四歳の側近はマッチョではなく、美少年だったからだ。
王子もマッチョになる前は、本当にマンガの中のキラキラ王子様な美少年だったのに……と、イリアは嘆いている。正騎士(南の侯爵の次男坊)も昔は可愛かった(生意気なのは今も昔も変わらないが)のに……と、イリアは遠い日を懐かしんでいる。
側近(従者)の天使のような朗笑は(正視しにくいが)イリアを癒してくれる。
兄もイリアに対しては、蕩けるような微笑を向けてくれるのだが、他人に向けられた絶対零度な笑みを見てしまうと、どうも素直に癒されないのだ。それに毎回、良い微笑という訳でもなく、意地悪な空気をその微笑の下に隠しているので落ち着かない。
な、もので、この側近の裏表のない笑顔は、何物にも代えがたい癒しなのである。
側近(従者)は声変わり前なようで、あどけなさの残る可愛らしい声をしている。しかし、それも後幾ばくの命か……。去年出会った時より身長も随分と伸びて(去年はもしかしたらイリアの方が少し高かったかもしれない)今では見上げる形になる。
このまま、美少女の如き美少年でいて欲しいとイリアは祈らずにはいられない。イリアも前世OLも決してショタコンではないけれど可愛いままでいて欲しいと夢を見る。勿論、それが無駄な祈りで勝手な夢であると、重々承知しているが……。
先達て、王子との最初で最後(イリアは最後のつもり)のお茶会がお開きとなり、王子と別れてから、側近に告げられた言葉はイリアを奈落の底へと突き落とした。
曰く、「兼業ですが、騎士団に入団することになりました」である。
カ〇ンライ〇ー(前世OLの年代がバレる?)とかヒーローに憧れる少年のように、目をキラキラさせた満面の笑みで側近は告げたのだ。そんな笑みを見てしまうと、とても反対なんか出来ない。
いや、そもそも反対なんか出来る間柄ではない。
家族でもなく友人でもなく、況してや恋人な訳でもなく、世間話をする程度の……頑張って知人といった関係なのだ。彼の将来の希望にイリアが反対なんぞ出来ようか、いや出来まい。
だから、精一杯、なるたけ希望を込めて「残念ですわ」と返す。
側近か訓練所へ行ってしまって王宮で会えなくなるから寂しい……という意味の残念では勿論ない。騎士に、つまり……マッチョになってしまうのが残念、という意味だ。だから勘違いしないで欲しいのだが、きっとポジティブな方向に捉えたのだろう。天使度100%の笑みをされた。
眩しい……と、イリアは意識を飛ばしたいのを抑えて「訓練、無理しないで下さいね」と、改めて『無理してマッチョにならないで!』と遠回しに言うのだが。
側近はイリアがマッチョ嫌いなんて知る由もないので「はいっ!頑張りますっ!!」とこれまた天使度100%で答えてくる。
普段なら癒しの筈の笑みだが、この時ばかりは(ああ……忌々しい)とイリアは肩を落とした。
後年、イリアは、知人だなんだと自分に言い訳してないで、騎士になるのを反対すれば良かったと盛大に後悔する。