北の侯爵令息と宰相子息1
プロローグの2年程前になります。
イリアは14歳。王子21正騎士18側近15です。
「なあ、君の妹って。三人の男から求婚されているんだって?どんな娘?」
とある夜。
王都にある居酒屋で。
酔っぱらいの喧騒から少し離れた一角で。
二人の男が差し向かいで酒を飲んでいた。
テーブルの上には積み重ねられた空き皿と冷めた料理と来たばかりの揚げ物が所狭しと並べられている。その真ん中には大きな酒瓶(といっても硝子ではなく陶器)が鎮座していて、既に半分以上ない。にもかかわらず二人の男はまるで水でも飲んでいるかのようだった。
それでも店員や周りの客が分からなくても、互いに「こいつ、酔ってきたな」と思うところはある。
先程から話題を提供し続けている男は、それを聞き続けている男を見た。
酔いの為だろう、いつもは聞き上手な相槌も今では「ああ」とか「うん」「で?」などと最低限の返事をするのみとなり、しかもそれが普段よりワントーン低い声でされるのだから堪ったものじゃない。怒気は感じられないのだが、その声を聞くと自然と背筋が伸びてしまう。この男は怒らせると怖い、とそれが仲間内での共通認識となっていた。
この怒らせると怖い男が、北の侯爵令息で騎士団団長で影で鬼教官と渾名される、イリアの兄であった。
北の侯爵家の血をよく現した、薄紫の銀髪に切れ長の藤色の瞳。男ではなく女だったら先ず間違いなく口説いていたであろう、秀麗な相貌。騎士でありながら細身の、けれど鍛えられた肉体。この国で筋肉質でないにも係わらず、騎士団団長まで登り詰めたその精神と努力には頭が上がらない。仲良しではないが嫌いでもない、友達でもなく、かといってただの知人と呼ぶには寂しい。
『悪友』と呼ぶのが一番しっくりくるだろうか……。
酒が入って気分が良くなってきた男――宰相子息は、悪友という関係をさらに悪友たらんとすべく、冒頭の発言に到る。酔ってうっかり!てはなく、めちゃくちゃ揶揄うつもりで。
彼――北の侯爵令息の前で、妹の話は禁句であった。
北の侯爵令息と宰相子息は共に二十五歳。見習い騎士になった頃もほぼ同じで、かれこれ十年の付き合いだ。
そして、二人は独身。
この独身というのが、二人が二人だけで酒を飲んでいる理由だった。
二十五歳とも成れば、周りの男供はほぼ既婚。男は十八歳から結婚適齢期といえど実際に結婚するのは、二十を過ぎてからが多く、つまり同年代の男は新婚なのである。夜は愛妻の元へ帰ってしまう。かつては朝まで飲み明かし上官の愚痴を言い合い、やれあっちの女が良いだの、誰それの彼女は鬼嫁だぁ何だの、楽しい夜を過ごして居たのに……。
今やこちらのテーブルは閑古鳥。
あちらの若い男達のテーブルは大変賑わっている。どうやら、誰かの独身最後の夜を祝っているようだ。いずれ彼らのテーブルも一人、二人と減っていくのだろう。かつての二人のテーブルのように……。
この恋愛結婚自由の国で二人は未だ独身であったが、一生独身が許されている訳ではない。それは彼らが貴族だからである。家の存続の為 、跡継ぎを求められているのだ。
だから必要以上に周りが五月蝿い。
宰相子息は見合い話を持って頻繁に実家のある西の街から泊まりにやって来る母が、会えば毎回ぐちぐちと小言を言われるので、最近はこうやって飲み歩いたり(といっても付き合ってくれるのは独身の悪友か部下を無理矢理に誘ってだが……)、臨時で夜警をしていると嘯いたりして、家に帰らないようにしている。帰るとしても、母が寝静まった夜遅くにだ。 北の侯爵令息 は家族には何も言われないらしく、大変羨ましい。
もう一つ五月蝿いのが、かつての独身仲間――今既婚者だ。奴等は結婚生活の素晴らしさ、妻の愛らしさ、子供の可愛らしさを恍惚とした表情で説く。最後に「早く結婚しろよ!」と満面の笑顔で告げる。
余計なお世話である。
「俺は結婚しない」と宣う(負け犬的な意味ではなく自ら望んで)独身仲間が若干羨ましい。
結婚できないのかしたいのかしたくないのか、それはさておき。
二人がいずれ結婚するとしても、今は独身。
二人が独身な理由は真逆だった。
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嫡男を跡継ぎに変更しました。
宰相子息の母の件を書き足しましたが内容は変わりません。2016.2.22
母は西の街の実家から泊りに来てる旨、書き足しました2016.8.31