王子とイリア1
王子視点のイリアとの出逢い編です。
俺は山の上にある小さな国の王子だ。将来は父王の跡を継いで国王になることが約束されている。
俺がイリア嬢に初めて会ったのは、十二歳になったばかりの新年のお祝いの時だった。
常時開放されている王城の広場は新年のお祝いに相応しい飾り付けがされていて、兼業騎士の音楽家たちが楽しい調べを奏でていた。華やかな装いの貴族や平民が踊ったり飲食スペースで飲み食いしている。
彼女は侯爵夫妻と当時見習い騎士だった兄と共に、父母(国王と王妃)と俺達兄妹の元へ新年の挨拶に来た。
彼女は妹より一つ下の六歳だったが、妹より年上に見えた。
くるくると巻かれた銀色の髪は左右耳の上で結われ、お辞儀をしたらふわふわと揺れた。
瞳は濃い紫色で少しきつめな印象を受けた。
「新年おめでとうございます。国王陛下王妃殿下王子様お姫さま」
六歳なのに、彼女はすらすらと述べた。早口言葉かと思うほどすらすらと。妹はまだ舌足らずに喋るので、俺は思わず凝視してしまった。彼女はそんな視線を不快に感じたらしく、にっこり笑顔を作ってからちっとも笑っていない目で俺を見た。
「何ですの?王子様」
六歳なのに、辛辣だと思った。俺の周りでこんな風に笑うのは宰相の息子しかいなかったから怯んでしまう。でも直ぐに、十二歳の男がうんと下の女の子に怯んでしまったことが恥ずかしくなって、無理矢理微笑んでみせた。落ち着け俺。ばれないように深呼吸だ。
「いえいえ、侯爵家のお嬢さんは可愛いらしいなと思いまして」
よしよし、大人の余裕で対応出来た!と、彼女を見れば・・・。
赤くなってる!!
勝ったぁ!!!
はっ、いけないいけない・・・今のは大人の対応ではあるまい、ほくそ笑むなんて大人の対応では・・・。気を取り直して、フォローするべく口を開きかけるが先を越されてしまった。
「どうしたの、イリア。風邪かな?」
言いながら彼女を抱き上げた俺よりもいくつか年上の少年は、薄紫が混ざった銀髪を纏めもせず風に吹かせていて、少女――イリアの菫色のドレスと良く合っていた。
そして、そのまま広場の端の飲食スペースへ行ってしまった。
俺は子供相手にアホやっちゃたなと思っただけで、イリアとの初めての会合は終わった。
その後も他の貴族と挨拶したり平民と挨拶したり、俺の妃の座を狙っているであろう女の子達と喋ったり踊ったりして忙しく過ごした。
再びイリアと出逢ったのは五年後。俺は十七歳で見習い騎士期間も終わりに近づいた頃で、彼女は十二歳になっていた。
その日は暑い夏で生い繁った濃い緑の木々が風に揺れていた。
王都の西側にある訓練所に白いドレスの少女が近付いて来た。
見学者がいることは良くあることなので誰も気にも止めなかったが、それが美少女であると分かると俄に騒がしくなった。と言っても、相手は少女なので、俄然やる気を出したのは年近い少年達ばかりだったが。
青い空の下、騎士達の掛け声が響く。
一時間程経ったか、木の下で涼んでいた少女が腰を下ろした。その様子が、どうもただ座ったというよりは目眩でもした故の、という気がして俺は少女に向かって歩き出した。護衛と公爵の息子の従者が何も言わず付いてくる。
案の定、少女は具合を悪くしていたようだった。
「大丈夫?お嬢さん。」
「ええ、大丈夫ですわ。ただの熱中症ですから、お構い無く」
つん、と澄ました声で少女は言い、白いレースのハンカチでパタパタと仰ぐ。
「ねっちゅう……しょう?」
聞き慣れない言葉に俺は首を傾げた。従者も首をふるふる振っている。
「体温が高くなると罹る病?ですわ。お水を飲んで体温を下げれば大丈夫です」
水を、と言うので俺は従者を振り返った。気の利く少年は水を取りに戻るべく直ぐに歩き出している、のだが。少女は持参したらしい水筒を取り出してそれを口に含んだ。
ぷっくりとした桃色の唇から水が一筋流れて白い頬を伝う。何故かドキッとしてしまい、俺は気まずくなって目を反らした。視界の端で銀髪が波打っていた。
「どうぞ、わたくしのことなどお気になさらず。訓練に戻って下さいな、殿下」
少女は俺のことを知っていた。まあ、金髪碧眼は王族にしかいないから当然か。
しかし弱冠の違和感が・・・どこかで会ったことあような。
ここへきて少女は初めて俺と目を合わせた。濃い紫色の瞳が素気無く俺を見つめる。
「お久しゅうございます。北の侯爵の娘、イリア・ノーランドですわ」
ああ、北の侯爵の・・・娘。というと、五年くらい前の新年のお祝いの宴て会ったちょっと生意気そうなあの女の子のことか?
いつも読んでくださって
ありがとうございます~♪
公爵の息子にルビを『従兄弟』とふりました。2016.2.22