三
玉は幾澄が書いた脚本については注文をつけなかった。また、央為の求めに応じ、糸の容貌については詳しく語った。その話を元に央為が描いた糸の似顔絵は、本人そっくりだと玉は絶賛した。
「姉妹だというのに、糸と玉は似ていないんだな」
種板の材料である硝子板を届けにきた幾澄は、央為が描いた絵を眺めながら正直な感想を漏らした。
「半分くらいは妹の贔屓目もあるんだろう。宿場町では評判の美女だったという話だが、どこまでが本当なんだか……」
すべては玉が一方的に話したものだ。糸が本当に美女なのか、深志倖之丞の事情で別れることになったのかまでは、央為たちにはわからないが、裏付けは取らない。
「昨日、深志の店に行ってみた。若旦那の顔を見ておこうと思って」
硝子板を受け取ると、央為はそれを部屋の隅に積み上げながら幾澄に告げた。
物語の中で、宿場町の茶店の娘が恋する男の名は俥之輔としてあるが、できれば顔は倖之丞に似せて描きたいと考えたのだ。その方が、錦影絵を見た倖之丞がこの怪談は自分と糸の話であると気づく可能性が高い。
実際に倖之丞の身に起きた話だと他の客たちが勘づくことも考えられるが、話そのものはどこにでもある男女の色事がこじれて女の妖怪が男に取り憑く話だから、ばれたところで構わないだろう。
「顔をみることはできたのか?」
「できた。ただ、あまりにも平々凡々な男なものだから、拍子抜けしたくらいだ。なんで糸があの若旦那に執着しているのか、まったくわからない」
央為が見た店先で接客する倖之丞は、良くも悪くも普通の青年だった。大店の若旦那らしく、育ちの良さが全身から滲み出ているが、特別男前というものではない。背が高いわけでもなく、身体は痩せており、ちょっと客から不満を言われると平身低頭で謝るばかりだ。
「男は顔ではないということだろう」
むくつけき顔の幾澄が胸を張る。
「やはり金か」
「人柄に決まっているだろうが。大店の若旦那など、親の目があるから自由になる金は限られているはずだ。玉も、倖之丞は糸にあれこれと贈り物はしなかったと言っていたじゃないか。その代り、頻繁に恋文を送っている。女を口説くときは、金よりも手紙や花だな」
「熊のような顔でもっともらしく言うな」
平凡な顔という点では央為も倖之丞と大差ないが、確かに倖之丞の人柄の良さは本物らしかった。あまりにもお人好し過ぎて、客商売に向いていないのではないかと反対に心配になったくらいだ。
「それで、俥之輔の顔は若旦那の顔にするのか?」
「する。あまりにも平凡な顔だから、本人も周囲も気付かないとは思うが」
ひとまず紙に下絵を描いてみたが、丸顔で細目、鼻は高くも低くもなく、唇は薄く、髷にも特徴はない。人相書きなら五人中四人は当てはまりそうな容貌だ。
「俥之輔の顔は適当でいいさ。要は、妖怪になったときの糸の姿に奴が恐がれば成功だ」
「糸は最後の場面で妖怪に化ける際、身体が動いて見えるよう、こんな風に仕掛けを使うつもりだ」
試作の種絵を見せながら、央為は説明する。
人が演じる芝居では大がかりなからくりを必要とする場面も、錦影絵であれば工夫次第でどんな光景も硝子板に描くことができる。
「これで、妖怪の出来上がりだ」
「うん、面白い!」
手を叩いて幾澄は絶賛した。
「葭屋はさぞかし満足するだろうな」
「そうあることを願うよ」
この錦影絵は玉のために作っているのではなく、葭屋での怪談会のために作っていたことを、央為は幾澄に指摘されて思い出した。