最悪の予想
ルークは島の港に飛行艇を停泊させると、すぐに島民の安否の確認に動いた。
港付近の家々は無人のようで、恐らくまとまって避難したのだろうと彼は思い、母の実家のある、島の一番大きな集落に向けて走った。
サリーの手紙の件も不安であったため、ルークは休む間もなく集落への坂道を上るのだが、そこに奇妙な違和感を覚えた。
異様なほど静まり返った道には野草が群生し、人が手入れしている様子も感じられず、まるで何年も人が使っていないような、そんな道であった。
ルークは記憶違いで脇道に入ってしまったのだろうと思い、とりあえずは集落に着きさえすればいいと考え、そのまま道を進むことにした。
しかし、その道が集落の真ん中を貫く道と繋がってしまった時、彼は言い様の知れない不安を覚えた。
それを解消するようにルークは大声で叫びながら、集落の中を走って回った。
「おーい! 竜は倒したぞ! もう出てきて大丈夫だ!」
しかし住人は一人として姿を見せず、ルークの声が集落に響くだけであった。
更にルークは、走るうちに家々の放つ違和感に気付いた。
損壊が激しく半・全壊している家ももちろんあったのだが、辛うじて外観の無事な家々も、何故だかドアや窓が壊れているものが異常に多く、壊れ方も内部からによるものであり、まさか避難の際にこうはなるまいとルークは首を捻った。
その上、そういった家々は外壁が蔦に絡まれていたり、庭に野草が生い茂っていたりと、生活感というものが感じられず、まるで廃墟のようだった。
そこで彼はドアが破壊されている一件の家にこっそりと上がり込んだが、その内部の惨状に思わずたじろいだ。
家具や生活用品はそのほとんどが倒れ、壊れており、相当の埃を被っていた。
壁には何か鋭利な物で付いたと思わしき傷跡があり、床には大きくシミのようなものが広がっていた。
ルークは最初、そのシミの正体を掴みあぐねたが、それが飛沫したように壁や家具にも付着しているのを見ると、それが相当年数を経た血痕であると理解できてしまった。
彼は急いで家から飛び出し、跳ね上がる心臓を過呼吸気味になって抑えると、また叫びながら、しかし今度は冷静さの欠片もなく、集落を駆けずり回った。
「おーい! 誰、誰か! いないのか! 頼む、出て来てくれ!」
ルークには一つの、最悪の予想が出来上がっていた。
それを誰かに否定してもらいたい一心で出す叫び声であったが、何者からの返事もそれに返ってくることはなかった。
つまり、『この島には五年前のあの日から、一人の人間もいない』のかもしれなかった。
やがて疲れ果てたルークが足を止めたのは、母の実家の前であった。
家の外観は辛うじて無事であったが、彼は勇気を振り絞って、家の重い扉を開けた。
中は意外にも片付いており、埃を被っている様子もなく、ルークはとりあえず胸をなでおろした。
しかしそれだけで安心はできないと、彼はゆっくりと家の中へ歩を進めた。
キッチンを見る。すると、包丁は出しっぱなし、生ごみは溜まっている、つまり、確かな生活痕がそこにあった。
ルークは気持ちを高ぶらせて叫んだ。
「僕だ、ルークだ! サリー、母さん、どこにいるんだ?」
しかし返事はなく、ルークがとりあえず近くの部屋の戸を開けてみると、そこは寝室のようであった。
窓際のベッドは埃も被っておらず、机の上にはインクとペンが無造作に転がっていて、部屋全体に使用感が見られた。
しかしやはり人はおらず、この後も家中探し回ったが、結局家は無人であった。
すっかりルークが気落ちしていると、ふと、裏口の扉が目に入った。
彼が何の気なしに開けてみると、そこには、裏手の森へと延びる細い道が続いていた。
ルークは内心でガッツポーズをとり、その道を駆け出した。
もしかしたら、この先に皆が逃げていて、それで誰もいなかっただけなのかもしれない、という希望的観測が彼の中に生まれていた。
森は深く、まだ昼前であるにも拘らず、薄暗く、肌寒かった。
道は草木に囲まれて視界が悪く、この道を通らず森に入るのは危険であると分かる。
ルークが森に入ってしばらく経った時、足元に真新しい血痕を発見した。
避難した誰かが怪我をしたのかと思ったが、その血痕は生い茂る藪の向こうから道の先へと続いていた。
ルークは少し怪訝に思いながらも、それより今は皆の安否を知りたいと、半ば思考を放棄するように道を進んだ。
血痕の道標を辿ってしばらく、やがてルークは木の幹間から漏れ出す光を道の先に見て、そこに広場のようなものがあると分かると、急いで道を駆け出した。
妹や母、島民の皆が驚いて、そして笑顔で自分を迎えてくれる夢想が、彼の足を急かした。
ぐんぐんと近付く光がルークを包んだとき、彼の目の前に広がったのは、島の人々ではなく、それと同じ数くらいの石版だった。
荒っぽく削られて作られたそれらには、島民一人一人の名が刻まれており、それはつまり墓標であった。
ルークが呆然として辺りを見回すと、墓場の最端に位置する墓標の下に、何者かが倒れていた。
ふと自分の足元を見やると、血痕はその人物へと続いていた。
ルークはゆっくりとそこに向かって歩くが、彼はその人影に見覚えがあった。
と同時に、彼の頭の中で真実の描かれたピースがパチリ、パチリと音を立てて当て嵌まっていく。
そしてルークがその人物の傍らに立つと、彼の中の絵図は最悪の形で完成した。
母の名が刻まれた墓標の隣にある、他に比べて真新しい墓標に刻まれた名は『サリー』。
その墓石には、ルークが彼女宛に送った花々が飾り付けられていた。
そしてその下に横たわるのは、ルークの父、インドラであった。