噂を聞きつけて
「こちらに世界でも数少ないSクラスの悪魔狩人と連絡が取れると聞いて来たのですが間違いありませんか?」
一之瀬麗華が現れたのはギルドの支部のさらに末端に存在する出張所だ。
綺麗に清掃は行き届いているが何せ建物が古い。
護衛の男たちも顔には出してないが内心怪しいと思っている。
こんな所から本当にSクラスの狩人に連絡が取れるのか。
出張所の主である壮年の男性は困った様に顔をしかめる。
「正確にはいたといった方がいいんだがねぇ。」
この言葉に麗華は足元が崩れるような感覚にとらわれる。
「・・・亡くなられたのですか?」
麗華の問いに出張所の主は首を横に振る。
「いや、健在だよ。問題はやる気を無くしている事だ。」
「やる気、ですか?」
「あぁ、あいつは若いながらに場数を踏んでいる。狩人としても間違いなく超一流さ。ただ、悪い癖がある。」
「その癖とは?」
「気分が乗らねぇとどんなに大金を積まれても仕事をしない。逆に気分が乗ればどんなに依頼料が安くても引き受ける。かなりの偏屈なのさ。しかも・・・。」
言いよどむ男性に麗華は頭を垂れてお願いする。
「こちらも切迫しているのです。お教えください。」
一つ大きくため息を吐いて紹介する狩人の事を詳しく教える事にした。
「アイツは基本依頼人とは一対一でしか会わねぇ。以前電話で依頼をした奴がいるんだが『店仕舞いだ』の一言を言って電話を切りやがったそうだ。しかも住居が薄気味悪いお化け町と来たもんだ。」
「オバケチョウ?」
「俗にいうシャッター街と言うやつさ。そこは軒並み空き家ばかりで気味が悪いからお化け町と言われているんだ。正直お嬢さんの様な方が一人で行くべきところじゃ無い。」
「・・・もし、護衛の者が一緒について行ったらどうなりますか?」
「今までもそう言った奴はいたけど皆入り口で『帰れ』の一言で取り合ってくれなかったそうだ。悪い事は言わねぇ。ここよりもっといい支部で腕が保障された狩人を紹介して貰いな?」
「・・・五人です。」
「何がだい?」
「五人既に紹介されて皆返り討ちに遭いました・・・。その中にはAクラスの者もいました。」
「・・・ひょっとして名前持ちの悪魔かい?」
麗華は首を左右に振る。
「分からないのです。悪魔なのか。悪霊なのか。分かっているのは七つになる私の姪が死にかけているという事です。」
「・・・地図を描いてやる。一人で行くのは危険だが覚悟があるなら行ってみな。ただし気を付けろ。たまにゴロツキどもが優のおこぼれに与ろうとそこいらをうろつく事があるから。」
「・・・スグル様と仰るのですか? それにおこぼれと言うのは?」
「名前は天川優。十六だ。」
「テンカワスグル・・・。」
「あいつが事務所を構える場所は何でも悪魔や悪霊が発生しやすいそうだ。知ってるかい? 悪魔の死骸が魔術の媒体になる事から裏市場で高値で取引される。優は雑魚の死骸には見向きもしないから放りっぱなしにしちまうんだ。野良猫や野良犬とかが悪魔化して倒しても見向きもしない。ゴロツキどもはそれを回収して小遣いにしてるんだよ。本当は浮浪児とかの為に放っておいてるのにな・・・。」
麗華はしばし考えた後に行動する事にした。
「私一人で行きます。」
この言葉に護衛の者達が反論する。
「御嬢様! なりません!」
「そうです! どのような男かも分からないのにお一人でお会いするなど!」
だが、麗華は護衛達の意見を封殺した。
「恐らく、不器用で優しい方だと思います。お教えいただきありがとうございました。」
そう言って麗華は深々と頭を下げた。
麗華は宣言通り、お化け町に一人で来ていた。
出張所の主が言った通りシャッター街で人の気配がまるで無い。
地図を頼りに歩みを進める。まっすぐ歩いたかと思えば右へ左へ曲がりさらに歩くことしばし最悪の出会いが待っていた。
咄嗟に身を隠す。
数人の男たちが何かを集めていた。
(何を集めてるの?)
普段は出さない好奇心から身を乗り出す。
だが、この行為で壁に立てかけてあった棒を倒す事となり物音をたててしまった。
麗華の心臓が大きく飛び跳ねる。
だが、それ以上に男たちが過剰に反応する。
あっという間に麗華は捕まってしまった。
そして集めていたモノの前に連れて来られる。
そこには異形の姿になった犬や猫などが一山にされていた。
出張所の主が言っていたことを思い出す。
(この人たちがおこぼれを掠め取ろうとするゴロツキども!!)
彼らの目には劣情の炎が浮かんでいる。
自分の未来が視えた。
凌辱されるという未来が。
ミスパーフェクト、氷の才媛、氷結の女王、色々な別名が付けられたが所詮は十七歳の少女である。
恐怖が体を支配する。
声を上げたくても口が、喉が、動かない。
(誰か助けて!)
この助けを求める思いが通じたのかいつの間にか背の高い男が現れていた。
「テメェらか・・・? 人の庭先でガキの共のおこぼれを掠め取る狡い大人ってのは?」
「なんだ? てめぇは?」
「俺たちはこれからお楽しみなんだよ!」
「俺らの後でよければ使わせてやるよ!」
下卑た笑い声が響く。
ダァーン
一発の銃声がこの下卑た笑いを鎮める。
「俺が誰か分かってて挑発したなら大したもんだ。相手してやるよ。」
背の高い男が持つ拳銃が本物と分かり男たちは逃げようとするが全員が足を撃たれて地面に倒れる。
背の高い男がゴロツキどもをさっさと縛り上げた。
「さてと、お前らは今まで好き勝手生きて来たよな? それはいつ死んでもいいからだよな?」
「ち、ち、違う! あんたの女なら手を出して悪かった! 謝るから!」
「そんな事なんか聞いちゃいねぇんだよ。今まで好き勝手生きて来ただろって事といつ死んでも心残りはねぇだろって事を聞いたんだよ。」
「ちょっと待て! 俺らを殺す気か!」
「いくらここがお化け町でも殺人はヤバいだろ!」
「ツクヅク阿保だな。お前らを殺すつもりなら最初の一発目で殺してるって。俺がお前らを生け捕りにしたのはなぁ、テメェらが賞金首だからだよ。馬鹿な奴らだ。そこいらで悪魔化した犬や猫を使って上位悪魔の骨だと偽ってお前ら売りさばいたろ? 流石にこれは黙認されなかった。裏社会を牛耳るある組織がお前らの所為でとばっちり受けたと言ってかなりの賞金をその首にかけたのさ。生け捕りが条件だけどな。どんな未来が待ってるか容易に想像できるだろ?」
そう言って背の高い男は携帯電話を取り出しどこかへ連絡する。
その間男たちは喚めき散らすがサッカーボール蹴りを食らって黙る。
しばらくすると何人かの男たちが乗った黒塗りの車とワンボックスカーが到着した。
さっきまで喚き散らしていた男たちをしばし確認してから背の高い男に札束をいくつか渡す。二言三言話した後、ワンボックスカーにゴロツキどもが押し込まれる。
麗華はそれをただ、呆然と見ているだけだった。
「で、アンタは何モンだ?」
「・・・一条麗華と申します・・・。」
とりあえず名前だけは名乗れた。
背の高い男を観察する。
背は百八十はあるだろうか?
全身黒一色で統一されている。
靴も、ズボンも、シャツも、コートも何もかもが黒。
腰には日本刀を差している。
何本かのナイフをぶら下げている。
何より拳銃を持っていた。
麗華は確信する。
「テンカワスグル様ですね?」
男、天川優の目がスッと細められる。
ただそれだけなのに麗華はゾッとする。
理屈では無い。本能が訴えかけている。
危険だと。
だがその危険は優の一言で霧散する。
「やーめた。」
そして大きく深呼吸する。
そして視線をチラリと移す。
何事だろうと思って麗華もそちらを向くと浮浪児たちがこちらを見ている。
「ガキども。早いとここの動物の死骸を処分して来い。」
この声をきっかけに浮浪児たちがワラワラと出て来る。
そしてあっという間に一山あった悪魔化した動物の死骸がなくなる。
「あの、あの子たちは・・・?」
優はチラリと麗華を見て答える。
「ある事情で捨てられたガキどもだ。」
「ある事情ですか?」
「アイツらは親族が悪魔化して行き場がなくなったガキどもだ。霊子に対してどれだけの親和性があるか、抵抗力があるかは純粋に遺伝によるからな。親兄弟が悪魔化すると家族も悪魔化する可能性が出て来る。家族からそんな奴が出たら社会的に抹殺される。だから捨てる。」
「そんな酷い・・・。」
「しょうがねぇさ。これが今の世の中だ。それよりアンタ。なんで俺の名を知っていた?」
そこでやっと麗華は当初の目的を思い出す。
「テンカワスグル様。お願いです。姪を綾女を救ってください!」