序章
霊子の発見より三百年が過ぎた。
この発見はこの世非ざる存在、神の証明になるとさえ言われた。
だがそんな事にはならなかった。
証明されたのは人間と言う悪魔の存在だった。
人をより高い次元の存在にしようという試みがなされたのだ。
これは人が神になろうとする試みだった。
悪い意味でこの試みは成功してしまう。
確かにより高位の存在にはなれた。
念動力や火炎発火能力など超常の力を手に入れることが出来たのだ。
ただし、人の姿を捨てる事になった。
悪魔と呼ばれる存在になったのだ。
こうして人あらざる者として悪魔は既存の国々を奪い一大帝国を築き始める。
このままでは人という種族が駆逐されてしまう。
そう考えた者達はこの霊子を使い近代兵器に改良を施す。
こうして人と悪魔の世界規模の戦争が始まった。
第三次世界大戦の始まりである。
後の世に悪魔戦争と呼ばれることになるこの戦争はかろうじて人の勝利に終わった。
だが世界に根深い傷を残す事となる。
今までとは違う価値観が出来上がった為だ。
霊子に対してどれ程の親和性と抵抗力があるか。
今の世界ではこの力が低ければ昆虫も動物も植物も悪魔化してしまう。
勿論人間も・・・。
こうして俗に魔力や霊力と呼ばれる新しい差別が生じる事となった。
三百年の時を経たここは日本。
悪魔となった者達を狩る存在が日常として存在していた。
その者達は軍隊とは別に共同運営体としてギルドを作り日々脅威に備えている。
才覚さえあれば下は十五歳から上は六十歳まで幅広く活動に就いている。
これは世界共通である。
そして先の悪魔戦争はここ日本には多大な影響を与えた。
人非ざる側であった悪魔の何名かが心変わりして故郷の日本を守るために裏切ったのだ。
その為に日本ではこの悪魔達を魔神と呼んで神格化し崇める様になった。
物語はこの日本から始まる。
私立清明学院に通う美しい女子生徒がいる。
黒髪を腰まで伸ばし体つきも年に似合わない。
出るべきところが大きく迫り出して、引っ込むべきところが驚くほど細い。
御年十七歳のこの女子生徒は常日頃から髪と素肌の手入れを怠らない。
日に焼けない様に日傘までさしている。
名は一之瀬麗華。
一か月前までは普通の女子生徒だった。
「一之瀬様、おはようございます。」
「おはようございます。」
眉ひとつ動かさずに挨拶に応じる。
一之瀬麗華。
別名が幾つもある。
ミスパーフェクト、氷の才媛、氷結の女王。
そんな彼女に変化が生じている事を誰もまだ知らない。
時は夕暮れ。
そろそろ夕食を取る時間。
郊外にある一軒の家に氷の才媛はお邪魔していた。
「優さま。はい、あ〜ん♪」
男を魅了してやまない笑顔を浮かべて箸でから揚げを摘み上げるは一之瀬麗華嬢。
「・・・。」
箸を向けられたのは天川優。今年十六になる男女共学の公立高校、桜花学院男子生徒である。
一之瀬麗華嬢は他校の男子生徒の自宅に押しかけていた。
「今日のから揚げは会心の出来です。はい、あ〜ん♪」
「いつもいつも思ってるんだが・・・。」
優と呼ばれた男性は眉間に皺を寄せてキツク目を瞑りこめかみを指で押さえる。
何かを必死に耐えてるようだ。
「・・・何でこんな新婚さんごっこをする?」
一之瀬麗華は一瞬の躊躇いも無く即答する。
「既成事実をこうして作ればあの妹モドキを出し抜けるからです。」
満面の笑顔でかなり黒い事を言う。
優はこれ以上自分の日常を引っ掻き回されたくない為に断絶の宣言をする。
「あの一件でアンタとは縁は切れてる! なのに何で家に入り浸る! 非常に迷惑だ! 帰れ!」
この言葉に麗華嬢は驚くもののにっこりと笑い答えを返す。
「嫌です。」
あまりの返答のされ方に優の方がたじろぐ。
「私はあの一件で嫁ぎ先をあなたの所と決めました。」
こう言って何事も無かったように茶碗にご飯を盛り、味噌汁を掬い配膳する。
「さぁ、冷めないうちにお召し上がりください♪」
「・・・何でこんないいトコの御嬢様がパンピーの俺の家に入り浸るんだよ・・・。」
事は一か月前、天川優が一之瀬麗華を悪魔から救ったことが原因である。