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Dune  作者:
第二部
9/11

1.


「通行証はあるのか」


門番の第一声はそれだった。


ヴィンセントは手慣れた様子でズボンのポケットからチケットのようなものを門番へ差し出した。それには番号か何かが書かれていたが、「いいぞ」と言われるとアガサが確認する前に仕舞ってしまった。


「スラムへは何の目的で」

「資源の発掘に。北の方で大規模な作業をしていて駆り出されたんだよ。これは社員証」


ヴィンセントはいつの間にか首から下げていたプレートを掴んで「ほら」と門番に見せる。彼は手元のリストとそのプレートの番号を照らし合わせているようだった。


「よし。それで、この子は、」

「妹だよ。ちょうど学校が休暇期間だから一緒に来るって聞かなくてね」


そう言ってヴィンセントは困った顔をして首をすくめる動作をした。アガサはもっと、たとえば門番を買収するとか手を回すとかしているんだと思っていたがそうではないらしい。「だって兄さんしか身内がいないから」と単純に彼の芝居に合わせて相槌を打つ。

でも確かに、ヴィンセントの薄汚れている格好は肉体労働者と言っても違和感がない。実際、スラムでは幾つか鉱山がありその微量な資源を求めて教会が沢山の日雇い労働者や犯罪者を使っているのだ。

そしてその妹ということになっているアガサも、カジュアルな格好をしているから揃って並んでもそこまで違和感はないはずだ。少々ヴィンセントよりも質の良い服を着てはいるが、日が沈み辺りが暗いせいでそこまでは見抜けないだろうと思う。


「そうか。兄妹仲良くな。通っていいぞ」


門番の男はそう言うと閂を外し、大きな音を立てて鋼鉄の扉を開けた。まるでそれは刑務所の門のように重たくそびえ立つそれであった。

アガサとヴィンセントはその門をくぐり抜けた。





「もっとすんなり行くのかと思った」

「良いだろ。ここに来ればそう簡単に教会も俺たちを追えなくなる」

「それは、そうだけど」


でもまだ安心は出来ない。


きっと今頃、首都では大規模にヴィンセントを捜索しているだろう。もしかすると自分の姿も誰か覚えていて、ヴィンセントのものと一緒に似顔絵なんかが街中に貼られているかもしれない。神学校から実家へ無断欠席の連絡が行くとしたらそれは明日以降にはなると思うが、指名手配なんてことになっていたら教会からとっくに家へ連絡がある筈だ。

あちらの状況が読めないのでこれは単なる予想でしかないのだが———出来るだけ教会の手が届かない土地へ逃げなくては。


「アガサ、そんな怖い顔するな」


不意に上から大きな手で、くしゃっと頭を撫でられた。


でも、この状況で不安にならない人なんて、きっと居ない。


門をくぐってスラムへ入ったらしいが、ぱっと見の風景はここへ向かうまでに見てきた薄汚い工場地帯と同じだ。そのずっと先に繁華街があるのか、ぽつぽつと闇夜のなかに浮かぶ光が見える。

それでもあそこまで歩いていくのは、この時間を考えると少し遠いと思った。あと数時間歩くことになるのだろうか。でもうすっかり日が暮れていて、吐く息は白く、凍えるほど一気に気温が下がって寒くなってきた。それに、そろそろ宿を決めるなりしなければきっと治安が悪いここでは危険が伴うだろう。

アガサは「どこに泊まるか決めてるの、」と斜め上でポーカーフェイスを崩さない彼を見上げた。


「本当はあの繁華街まで行く予定だったけど」


と彼は大したことないような口振りで言うので、あ、そうか、とこの人が普通の人間でないことを思い出す。普段の様子は何らわたしたちと変わらないのですっかり忘れていた。

教会では処置された兵士は罪深いとか、悪魔だなんて教えられたけれど、決してそんなことはない。

だけど、明らかに彼はわたしとは違う。処置された兵隊は疲れを知らないし、体力もある。


「疲れたなら休むか。このあたりの廃業になってる工場がいくつかあるけど、そこでもいいなら」


気を遣っているのか、ヴィンセントはこちらを窺うようにのぞき込んできた。暗闇に浮かぶふたつの青い瞳は、昔書かれたという古典小説に出てきた夜空の星というものを思い起こさせる———今の空には星を見ることは出来ない。

あるのは朧気で青白い月だけだ。


「おい、アガサ、」


目の前で上下に手を振られて、はっと気がつく。疲れているせいか気が遠くなっていたようだ。

「ごめん、ぼうっとしてた。どこでも良いから早く暖まりたいかも」と白い息を吐き出しながら言う。思ったより外は冷え込んでいて、既に手は冷たくなっている。息を吹いて少しでもそれを暖めようと努める。


「わかった。じゃあ適当にちょうど良いところ探すから、ついてこい」


ヴィンセントは再びすっと手を差し出した。何事かと思って驚いて彼を見上げると、逆に何だという表情で「寒いんだろ、」と聞かれた。

だけど何となく素直に認めたくなくて、もごもごしていると「いいから」と無理矢理に手を取られた。それは少々強引だったが、不思議と不快には思わなかった。暗い中でも彼の深い青の双眸が優しげに見えたからかもしれない。


———ヴィンセント。


ごつごつとした大きな手は、しっかりとアガサの手を握っている。

これだけが彼女にとって確かなものに思えた。

アガサにとって、ヴィンセントが世界でたったひとり、手をさしのべてくれた人だった。


もうこの人しか信じられない。

首都での生活は何もかも捨ててきてしまったのだから。




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