ドラゴンの谷
なんちゃって勇者様にご指名を受けて、私はドラゴンの谷への道案内をする羽目になった。
あれからほどなくして、私と勇者様は村をあとにして、ドラゴンの谷へと向かったのだ。
こんなことなら、大人しく教会の周りの掃除をしておけば良かった…
くそっ、神父様めっ!
…しかし、村で見た勇者様と今後ろを歩いている勇者様は同一人物なのか?
「おい、女!まだドラゴンの谷には着かないのか?もうかれこれ数時間以上歩いているぞ!」
とまあ、村を出た途端こんな調子だ。
「…もう少しです。今は霧が濃くてあまり見えませんが、この方向にドラゴンの谷はあります」
前方を指差して、偉そうな勇者様に説明する。
岩山に囲まれた上り坂をずっと上り続けているので、初めてドラゴンの谷に来る者は遠く感じてしまうのだろう。
「…全くこんなことなら村であらかじめ食料を頂いておくんだったな」
後ろの勇者様がそう言って、舌打ちをする。
「ところで何で私だったんですか?」
後ろを振り返らずに勇者様に訊いた。
「あっ?」
背後から、いかにもという感じの声が聞こえてきた。
それに苛立ちを覚えるも、なんとか心を落ち着かせる。
堪えろ私…
「いや、だってドラゴンの谷への道案内なら、大抵の村人が出来ますし、それこそドラゴンの谷を熟知していて、より戦力になる男性もいましたよ?」
そう言ったあとで、すぐに感に触るため息の音が耳に入ってきた。
「そりゃあ、男より女の方がいいだろ。ただでさえあんな場所へとわざわざ出向くのに、なんで好き好んで男を同行させなきゃならない?考えただけで吐き気がする」
勇者様の返答に勢いよく振り向いて、思わず胸を隠すポーズを取った。
「おいおい勘違いするな。お前などに興味はない。ただ、むさ苦しい男と二人っきりでいるのが苦痛だっただけだ。かといって、いい女を連れていくのも仕事に身が入らない。だから、わざわざ色気の無さそうなお前を選んだんだ。あと、回復魔法を使えるシスターということも含めてな」
あっ?
今、何て言った?
その首へし折ってやろうか?
勇者様の失言に殺意が芽生える。
「おい!アレは何だ!?アレがそうなのか?」
勇者様には見えないように拳をわなわなさせていると、急に勇者様が前方を指差して騒ぎ出す。
その方向へと視線を見上げた。
すると、濃い霧が晴れて、空へと高く続いている険しい岩山が露わになっている。
そして、ドラゴンの鳴き声のようなものが聞こえてきた。
「ええ、あれがドラゴンの谷です」
前方を見据えたまま、そう説明する。
「…思っていたよりも随分と険しそうだな?」
勇者様がドラゴンの谷を目の当たりにして、少々怯んでいる様子だ。
「どうします?やめますか?」
すっかり足が止まっている勇者様に向かって訊いた。
「馬鹿言え!俺を誰だと思っているんだ?勇者アルテガ様だぞ!あんな谷如き怖くもなんともない!」
自らを様付けする愚かな勇者様がそう強がりながら私を追い越していく。
小さくため息をついて、すぐにあとを追う。
やれやれ、この調子だと先が思いやられそうだ…




