婚約者に迫る男爵令嬢と話し合おうと頑張ったものの。
「もう無理だ!気色悪い!」
婚約者のロバート様が、珍しく取り乱して叫んだ。
「ブッ、ふふふ…」
「エリック…、そんなに笑ったらロバート様に悪いからやめなさいよ」
私とロバート様の向かいに座る、弟のエリックは笑いを噛み殺している。
我が家の応接間で3人でお茶をするのは、ロバート様と婚約した何年も前からお馴染みになりつつある。
「エリックはいいよな!?こっちは、あの男爵令嬢に悩まされているというのに!」
「まあ、学年が違うので。俺だってしんどいですよ」
「僕が好きなのは、リリアだけだというのに…!」
ロバート様はそのままフラッと倒れるように、私の膝に顔を埋めてしまった。
私の方がオロオロしてしまう。
どうしていいかわからず、その頭をそっと撫でると、ロバート様は落ち着いたようにはあと息を吐いた。
これで合っているかしら。
「まだ婚約者の分際で、姉様に触れないでくれます?」
「…うるさいシスコン。僕は疲れているんだ、リリアに慰めてもらわないとやってられない」
「それで、その男爵令嬢のモモさんが、ロバート様を口説いているのですか?」
「あれは付き纏い行為だ、ストーカーだ、気味の悪い押しかけだ」
「婚約者のいる方にアピールしてはいけないと知らないのかしら」
「知る知らないの問題じゃないよ。あの人、第二王子にも、騎士団長の息子にも、他の男子生徒にもやたらとちょっかいかけているもん」
「まあ、大胆ね」
私はクラスも違うから、モモさんがどんな方かわからないけれど、噂通りまだ学園には馴染めていないのかしら。
誰か教えて差し上げたらいい気もするけど、顔見知りでもない私が言いに行くのも何か違うし。
クラスメイトの方は、どうしているのかしら。
「なんなんだ、あの平民上がりの転校生…。僕はリリアに迫られたいのにぃ」
「えっ、あの、それは、照れるのでできません…」
「かわいい…。ちょっと元気出た。ありがとう、リリア」
「お、お役に立てたようで…?」
「姉様が優しいからって調子に乗らないでくださいよ」
「早く結婚して、シスコンに邪魔されないところで独り占めしたい」
「ははっ、じゃああと3年は無理ですね!」
「3年後には、生涯死ぬまで独り占めだ。嬉しい」
「…本当にくたばってほしい」
いつものようにやり取りしている2人をよそに、私は違うことを考える。
エリックはともかく、第二王子殿下にも、騎士団長の息子さんにも婚約者がいるはずなのに。
ロバート様は拒否しているみたいだけれど、他のお2人はどうしているのかしら。
「モモさんは、将来の結婚相手を探しているのでしょうか?それにしては、数打ち当たる…?いや、婚約者のいる方に迫っても勝機がありませんね」
だとしたら、貴族に囲まれる生活に変わって緊張している?
お上りさんという可能性もあるのかしら。
それにしては期間が長いような。
転校してきて数ヶ月は経っていますよね?
うーん、どれもイマイチしっくりこないような。
目的がない、とか?
「なんだい、リリア。僕のことを放って、あの忌まわしい令嬢のことが気になるのかい?」
ロバート様が私の頬に手を伸ばして見上げてくるので、ハッと意識が戻った。
「モモさんは、普段どのように接してくるのですか?」
「ええ…、あの女の話?」
「彼女が何をしたいのか、よくわからないと思いまして」
そう答えると、ロバート様が起き上がって私の腕にしがみついてきた。
胸板が当たって、ちょっとびっくりする。
「おい、それはアウトだろ!まだ婚約者だ!」
「こうやって、急に腕を組んできて、胸を当ててくるんだよ。あと、上目遣いで甘ったるい声を出してくる。非常に気持ち悪いんだ」
ロバート様は疲れたようにそのまま私の肩に頭がこてんとくっつけた。
甘えるようにすりすりされて、悪い気はしない。
照れてしまうけれど。
「それは、まあ、好きな相手にされたら嬉しいですね」
「好きでもない相手にされているから、酷く気持ち悪い」
「それは回避できないのですか?」
「なぜか難しい。ある程度近くに来たら気づくのに、彼女はすり抜けてくる」
「特殊魔法でも使っているのでしょうか?」
「わからない。それも含めて、気色悪い」
ロバート様は離れることなく肩口で喋るので、くすぐったい。
「ロバート殿が不甲斐ないせいじゃないですかあ?」
エリックは不機嫌さを隠そうともせず、すごい怖い顔で睨んでいる。
「エリックはどうしているの?」
「視界に入った瞬間、逃げます」
「逃げられるの?」
「…なぜか追いつかれます」
「あなたも、こうやって体をくっつけられるの?」
「…背中から抱きつかれました。鳥肌が立って、吐くかと思いました」
「やっぱり特殊魔法かしら。魅了?いや、それなら2人がメロメロになっているはずよね」
「リリア以外にそんなことにはならない!」
「姉様以外に媚びるとか、死にます!」
「何か大事にならないといいのだけれど」
うーんと唸りながら、あとで魔法書を読み直すことと、万が一のために備えようと決めたのだった。
「というわけで、授業以外はそばいてくれ…、リリア」
「ロバート様、顔色が悪すぎます。保健室に行きますか?」
「そんなところに行ったら、あいつに既成事実を作られそうで怖い…」
こんなに疲弊して怯えているロバート様ははじめて見て、こちらも内心動揺してしまう。
あのあともモモさんにアプローチされ続けているどころか、獲物になってしまったようで、ロバート様は強引に近寄られたという。
そして逃げた先で、なぜか教室で2人きりになり、モモさんは自らスカートを捲って恍惚な表情でうっとりしていたそうだ。
「そろそろ好感度も上がりきっていますよね?遠慮しないでください。モモのこと、ロバート様なら好きにしていいんですよ?」
そう言われて、ロバート様は2階だというのに窓から飛び降りて逃げた、と。
なんとか私を見つけて、他の生徒もいるというのにキツく抱き締められた。
あまりの異常事態に、ロバート様を連れて庭まで出てきて、事の顛末を聞いたところだ。
「お怪我がなくてよかったです」
「…リリア、僕は決してリリア以外となんて」
青い顔のロバート様に、淑女としてどうかと思いつつ、ゆっくり抱き締めた。
ロバート様は、この前よりも深く息を吐いた。
「リリア以外となんて、死んだ方がマシだ」
「これ以上はさすがに見過ごせませんね」
「すまない、僕がうまく躱せたらよかったのだが…」
「いいえ、ロバート様はちゃんと逃げているではありませんか。逃げるもの追いかけていいのは、狩人くらいですよ」
私はそっと呟くと、ロバート様は力を抜くように少し体重を預けてきた。
それが愛おしくて、私の決意は固まった。
「これだけの仕打ち、いい加減なんとかしないといけませんね」
翌日、必要な方に声をかけて、講堂に集まってもらった。
ロバート様とエリックの他に、第二王子殿下と、騎士団長の息子さん、それからその婚約者のご令嬢たち。
そして、モモさんだ。
「モモさん、はじめまして。ロバート様の婚約者のリリアと申します。お呼び立てしまして、申し訳ありませんね」
「なんですか、モモに何か用ですか?」
「最近のあなたの言動に苦情が出ているようなので、その事実を確かめようかと思いまして」
「苦情?そんなの聞いてませんけど」
明らかに不服そうに頬を膨らませる姿は、子リスのようで可愛らしいけれど、私の後ろに立つ男性陣はエリック以外ビクッと肩を跳ねさせていた。
まあまあ、こんなに殿方を怖がらせるなんて。
何がしたいのかしらね。
「まず、私の弟以外は婚約者がいることはご存知ですか?」
「そんなの関係ないじゃないですか」
「あるから聞いているんですよ?」
私が首を傾げると、モモさんはフンッと鼻を鳴らした。
「だって、モモのことを好きになったら、そんなの関係ないじゃありませんか!」
「どうして、皆さんがあなたのことを好きになると勘違いしているのですか?」
「モモがヒロインだからですよ!みんな、モモのことを好きになって決まっているんです!」
至極当然といったような態度に、ますます首を捻ってしまう。
…精神を病んでいらっしゃるのかしら?
それなら、あまりキツいことを言ってしまっても可哀想ね。
あら、どうしたらいいでしょうか。
「モモさんの言う通り、仮に好きになったとして、婚約は継続でしょうから、あなたは愛人くらいにしかなれないと思いますよ?それでも、あなたは幸せなのですか?」
「あ、愛人…!?」
「だってそうでしょう?こちらの殿方たちは、将来国を背負っていく人たちなのだから、感情に流されるような教育は受けておりませんし。第一、婚約者との間が悪くなっては家にも響きます。そんなバカなことに自ら落ちてはいかないのですよ?」
「愛人って、モモのことを馬鹿にしているんですか!?」
「いえ、そこではなくてですね」
「モモは世界に選ばれた特別な存在なんです!みんな、モモのために愛してくれるに決まっています!」
「ということなんですが、皆さんいかがですか?」
埒が明かないと思い、振り返ると、男性陣が全員全力で首を振っていた。
「リリア以外の女を愛するなんて、悍ましい!」
「姉様しか好きじゃありません!」
「私は男爵令嬢に懸想したりしていません!婚約者がいるのに!」
「自分もです!そんなこと言われも困ります!」
その答えに、モモさんは信じられないといった顔になり、婚約者のご令嬢は満足されたようだった。
「あら〜、あなたの言い分は見当違いみたいじゃな〜い?」
「どうしたらそんな考えになるのか、頭の中を覗かせてほしいわね。本当に恥ずかしいったら」
ご令嬢たちは、いざ反撃といった感じでにっこりしていた。
あらあら、急に問い詰められるとわかったからといって、そんな言い方なさらなくても。
まあ、言いたいことはわかりますが。
「そんなことあるはずない…!だって、モモは愛されるんだもん!」
さっきから同じことしか言わないモモさんに、なんだか可哀想になってくる。
男性陣にはしつこく迫れるのに、対女性となるとこんなに弱くなってしまうのか。
これでは、今後社交界に出ても大変そうですね。
今のうちに、引き際まで連れて行く方が親切かしら。
というか、一度お医者様に診てもらった方がいいわね。
「モモさんは、何かの悪夢に取り憑かれているのかもしれませんね」
「…はっ?」
「一度、休養された方がいいのじゃないかしら。なんだったら、お医者様を紹介しますし」
「変なこと言わないでよ!なんでよ、ゲームじゃみんなモモに夢中だったのに!みんな、本当はモモのことが好きなはずだもん!」
必死に叫ぶモモさんに、もうこれ以上の話し合いは無理だとわかった。
この手を使いたくはありませんでしたが、仕方ないですね。
私はため息をつきながら、制服の胸ポケットに刺していたピンを鋭く投げつけた。
それは綺麗に横をすり抜けて、狙い通り向こうの壁に突き刺さった。
「は…」
「やっぱりモモさん、正気じゃないわ。今はゆっくり眠ってください」
「これって…」
「ただの眠り薬ですよ、大丈夫です」
ピンの先端に仕込んであった眠り薬を嗅いで、モモさんはフラフラし始めた。
「さ、殺戮の悪役令嬢だ…」
うわごとを言いながら、目を閉じそうになった彼女に近寄って、倒れる前に抱き留めた。
「あら、殺戮だなんて、ちょっと狩りが上手なだけですよ」
そう言って笑うと、モモさんは目を閉じた。
「さすが姉様!狙いが抜群でした!」
エリックはニコニコで近寄ってくると、弾んだ声でそう言った。
「リリア、すべてを君に任せてしまってすまなかった」
「いいんですよ。話し合ってもわからない人はいますし。私もまだまだですね」
そう言って微笑むと、ロバート様はホッとしたように笑っていた。
「やっぱり、リリアは強いね。そんな君に惹かれているんだ」
リリアは、領地一番の狩りが得意だ。
穀物が育ちにくい領地では、狩りをするのが当たり前で、どんな獲物も逃がさない。
それだけだ。
だから、今回は男爵令嬢がリリアの獲物になっただけという話。
結局モモさんは、混乱をきたしたとして平民に戻ったとあとから聞いた。
やっぱり何がしたかったかわからないままだったが、リリアはロバートとエリックを守れたことで満足したのだった。
狩りだって、人々の食に必要であり、生活を守るためにするものだ。
リリアにとっては、ただそれだけのことだった。
了
お読みくださりありがとうございました!!
毎日投稿124日目。(と言っても10分近く過ぎてしまった…。明日は頑張りたい)




