第四章:魂を宿す鉄、祈る人々
佐藤の工場での修行が数ヶ月を過ぎた頃、レイチェルは明石の街角で、ある光景に足を止めた。
それは、小学校の通学路にある横断歩道だった。
そこには、菱崎重工が試験導入している交通整理用の黄色いロボットが立っていた。
ロボットが機械的な音と共に停止旗を上げると、集団登校の子どもたちが一斉に渡り始める。
渡り終えた子どもたちは、誰に教わったわけでもなく、その小さなロボットに向き直り、「ありがとうございました!」と元気な声を上げて、深々とお辞儀をしたのだ。
(……機械に、お辞儀をしている?)
レイチェルは目を見開いた。彼女の故郷では、道具はあくまで道具だ。
感謝は、それを与えてくれた神にのみ向けられる。
だが、日本では子どもたちさえも、プログラムされた機械の中に「意志」と「労い」を感じ取っているようだった。
その驚きは、佐藤に連れられて菱崎重工の現場を遠目に訪れた際、さらなる確信に変わった。
巨大な航空機の翼を支える作業補助ロボットが仕事を終え、アームを収納したとき、そばにいた熟練の職人が、その鋼鉄のボディをポンと労うように叩いたのだ。
「お疲れさん、助かったよ」
職人は満面の笑顔で、まるで長年の相棒に語りかけるように感謝を投げていた。
さらに驚いたのは、計算を終えたAIの画面に対し、若手のエンジニアが「さすがだな、ありがとう」と独り言のように呟いたことだ。
(ここでは、冷たい鉄も、目に見えない知性も……みんな、誰かの大切な『誰か』として生きているんだわ)
「日本は、ロボットが幸せに暮らせる国なんだろうか」
レイチェルの胸に、熱いものが込み上げた。
かつて村で、アンドロイドである「お姉ちゃん」を人間のように愛することに、一抹の異端的な後ろめたさを感じていたレイチェルにとって、それは救いのような光景だった。
もし、アビゲイルがここに来たら。
二人でこの国で暮らせれば。 「……ここでは、私たちはただの『壊れた機械と、変な女の子』じゃない。
誇り高い姉妹として、胸を張って歩けるかもしれない」
一瞬、眩い光景が脳裏をよぎる。
アビゲイルと二人で最新のメンテナンスを受け、人々に感謝され、温かい風呂に浸かり、知識の海で泳ぐ日々。
だが、その妄想が「永住権」や「市民権」といった現実的な壁にぶつかったとき、彼女はすぐにその思考を打ち消した。
(いいえ、何を考えているの。お姉ちゃんが欲しがっているのは、最新のオイルや称賛じゃない。……一緒に土を耕し、同じ夕焼けを見上げる、あの静かな時間のはずよ)
彼女は、胸元のコーフ(帽子)を強く握りしめた。
日本で見つけた「テクノロジーが愛される幸せ」は、あまりにも眩しく、優しかった。だからこそ、それは彼女の心の奥深くに、抜けない棘のような葛藤を植え付けていった。
その直後だった。
佐藤の工場を訪ねてきた、黒いスーツの男がレイチェルと正面から視線を合わせたのは。
こういう人日本語でなんていうんだっけ?要注意人物?一期一会?




