第二章(中盤):雨のプラットホームと、お節介な掌(てのひら)
東京から西へ向かう新幹線の乗り換え口で、レイチェルは完全に立ち往生していた。
(なぜ、改札の中にまた改札があるの……?)
目の前には「出口」と書かれた改札と、新幹線のマークが描かれた改札が並んでいる。
もし出口を出てしまったら、もう二度とここには戻れないのではないか。
毛糸の縺れのような路線図と、容赦なく響き渡る券売機の電子音に、彼女は眩暈を覚えた。
震える手で握りしめているのは、わずかな日本円の札と、「兵庫県・明石」と書かれた一枚のメモだけだった。
「あんた、人間なのかい。てっきり最新のアンドロイドかと思たわ、ごめんなぁ」
背後からかけられた声は、電子音に慣れた耳にはひどく低く、どこか懐かしい「土」のような響きがした。
振り返ると、作業着の上から古いジャンパーを羽織った、白髪混じりの小柄な男性が立っていた。
不思議そうにレイチェルを眺めて通り過ぎようとした彼は、その足でUターンし、彼女の前に戻ってきた。
「……それより困ってるんか、お嬢ちゃん」
「あ、あの……私は、ここに行きたいのです」
レイチェルは必死にメモを差し出した。男性は老眼鏡をずらし、使い込まれた工具袋を傍らに置いて、その文字をじっと見つめる。
「ほう、明石か。……よりによって『菱崎重工』の城下町じゃないか」
菱崎重工。それは日本の海を守る潜水艦を造り、空を駆ける戦闘機の翼を鍛え上げ、そして今や世界中に「自分と同じ顔の少女」を送り出している、この国の心臓部とも言える巨大企業だ。
「そこへ行って何をしようってんだ。その格好……まるで古い映画から抜け出してきたみたいだが」
「姉を……姉の腕を、治したいのです。菱崎が作った、私にそっくりな彼女を」
男性の目が、一瞬だけ鋭く光った。彼はレイチェルの顔と、駅の柱に貼られた最新型アンドロイド〈アイリス〉のポスターを交互に見比べ、小さく溜息をついた。
「なるほどな。……あんた、その『姉さん』をただの機械だと思ってない顔をしてる。いいだろう、俺もこれから兵庫に戻るところだ。
菱崎の仕事をしにな。ついてきな、お嬢ちゃん。あそこの連中はな、潜水艦のハッチよりも頭が硬い。
一人で行っても門前払いだ」
男は「佐藤」と名乗った。 レイチェルは、自分がどれほど無計画な旅をしていたかを痛感していた。
だが、この佐藤という男が纏っている空気は、不思議と村の大人たちに似ていた。言葉は荒いが、その掌は確かな仕事を積み重ねてきた者の厚みがある。
(この人についていけば、明石まで迷わずに済む……)
「ありがとうございます、佐藤さん」
二人は銀色の改札を通り、19番ホームへと続くエスカレーターに乗った。 見知らぬ異国の地で、レイチェルは初めて自分を導いてくれる「手」を見つけた。
こういうの日本語でなんていうんだっけ、瓢箪から駒?張り子の虎?




