表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声をころして、泣き叫ぶほどの  作者: はなぶさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/7

勇者と私 2

「相変わらず他人事だな」

侍女が運んできたティーワゴンを眺めていると、ふいに勇者が呟く。

「他人事?」問い返せば、

「お前にとって魔王討伐の旅も、今回の国王暗殺も何もかもどうでもいいことなんだろう。最初からお前には心なんてなかったんだから」


憎しみを隠しもしない声音で話す夫。

口調は粗野なのに、用意されたティーカップを持ち上げる仕草は洗練されている。これは召喚された後になされた貴族向けのマナー講習で学んだことであるが、元々、品のある子だった。動くときに、なるべく音がしないようにするのもそうだし、いつも姿勢がいい。教えられなくとも、食事中にカトラリーを乱雑に扱うこともなかった。


じっとその顔を見つめていれば、すいと逸らされる視線。精悍な横顔に思い出すのは、昔のことばかり。


「……あれは、暗殺ですの? あんなに堂々となされた所業でも、暗殺というのですわね。勉強になりますわ」

「……」


再びこちらに向いた顔。気のせいか、額に青筋がたっている。

何か言いたげなのに、今度は何も言わずに黙ったまま。しっかりと目が合っているのに感情が読めない。

それはそうか。

聖女といえど、何せ偽物だから、できるのはせいぜい瘴気を浄化することくらいだ。

それ以外の特殊能力がないわけではないが、さすがに他人の心は読めない。そんな人間はごくわずかだ。

世界に名を馳せている魔術師とて、相対する者の心を読むなんて芸当はできないのである。

だから私も、勇者が何を考えているのか分からない。


それでも、出会った頃は彼を理解しようと努力したものだけれど。

なかなか難しかったのは、私たちの育った環境が違いすぎたから。


目を眇めるようにして私を見てくる割に何も言わないので、首を傾げれば、

「勇者様。姫様は嫌味を仰っているんではありません。本当に、感心しているんですよ。勇者様の語彙力に」

勇者の斜め後ろに立っているエボルが、彼に耳打ちした。と、言っても周りに筒抜けなのでひそひそ話も意味がない。


「勇者様。私、思うんですの」

「何だ」

黒い双眸が光を反射して鈍く光る。黒曜石に似ていて綺麗だ。それと同色の髪。この世界で唯一の人。象牙色の肌もそう。


私の愛した、たった一つの希望。


「あの子はどこにいったんだろうって」

「……あの子?」

「イツキですわ」

「―――――、」

はっと瞠目したその人が、明らかに言葉を失ったようだった。そしてすぐさま、訝し気に眉を顰める。


「分かっておりますわ。イツキは今、目の前に居て、私をこちらを睨みつけていると」

「そうか」

「けれども、捜してしまうのです。あの頃のイツキを。城のどこかで泣いているんじゃないかと、気が気ではない気分になるのです。早く、捜してあげなくちゃって」

ほう、と息を吐けば返ってくるのは、

「ふざけているのか」

唸るような低い声だ。足元から競り上がるように沸き立つ怒りの波動。

途端に、警戒の色を見せたのが近衛騎士のトレニとエボルである。近衛であるから、どうしても王族を護ろうとしてしまうらしい。逃れられない(さが)ともいえる。

脱げばいいのに、国王がいなくなっても近衛騎士の隊服を纏っているし。

二人とも似合っているからいいのだけれど。

隊服が白なのは、存在証明でもあるらしい。あえて目立つことによって、誰がみても警備は万全だと分かるようになっている。


勇者が着ているのは近衛騎士の隊服に似ているが、色は黒。

髪の色に合わせて、私が作らせた。返り血が目立たないようにという配慮もある。それほどに圧倒的な力を誇る人なのだ。


「おい、」

集中力を欠く私に、勇者が呼びかけてくる。その唇が、恐らく私の名を呼ぼうとして止めた。


もう二度と、呼んでくれることはないのだろう。


「ふざけてはおりません。私の今の気持ちをお話しただけですわ。結婚式のときも仰ったではありませんか。何か言いたいことはあるかと。だから、今回もきっとお尋ねになると思いましたの。ですから、先にお伝えしておこうと思いましたのよ。私はイツキを捜している、と」


ガシャッ


持っていたカップをソーサーにたたきつけるようにして置いた英雄が、わずかに腰を上げる。今にも掴みかかってきそうな勢いだったのだけれど、

「あおらないでください、姫様」

エボルが勇者の肩を抑えた。その程度では救国の英雄を諫めることなんてできないはず。なのに、勇者はあっさりとソファに戻った。

この部屋に入ってきたときと同じく、睨みつけるように私を見据えた後、右手で額を覆う。目元を隠したのは、意図的なのか。

「頭痛がする」と言いながら、はーっと長い溜息を吐いた。

続けて、今にも叩き切ってしまいそうだと独り言ちたので「そうしてくださって構いませんわ」と答える。ところが、


「姫様!」


すぐ近くで、ミラが悲鳴のような声を上げた。

私がいまだに王女であったなら、客人との会話に割り込む従者などいなかっただろう。声を張り上げるなんて言語道断。礼儀に反するどころの話ではない。

顔色を失っている侍女を見やれば「申し訳ありません。……けれど!」と、ますます泣きそうにする。

「そんなことを仰らないでください」と言い募る姿は真に迫っていて、どこか哀れだ。心配されているようだが、心に響かない。


誰の言葉も、この胸を打つことがない。金槌で叩かれたとしても、びくともしない気がした。硬いからではない。既に、形を失っているからだ。


「心配せずとも、俺が勝手に罰を与えることはない」と、イツキが首を振る。

「そうなのですか? けれど式のときは、()()()を刎ねようとなさっておいででしたわ」


結婚式にまつわる一連の記憶は、場面ごとに切り取られて頭の中に納まっている。まるで絵画だ。貧相な額縁に飾られたそれは、頭の中に散らばっていて。所々で山になっている。時々、取り出して眺めてみるものの、なぜかどの額縁を選んでも同じような絵が出てきてしまう。

だというのに。

首にあたった剣の感触や温度だけは別物として捉えているのか、凍り付くほどに冷たい切っ先を忘れることができない。


「首を刎ねようとしたのは、お前が聖女を殺害したと告白する前だ。だから、あれは聖女殺害に対しての刑ではない。むしろ、あの告白によって、お前は王女としての刑を逃れ生き延びることになった」

「どういうことですか?」

勇者は観察するようにまじまじと私の顔を見ている。何かを見極めようとしているのか、髪の毛の一本すら異常はないかつぶさに確認しているようだ。


「つまり、姫様が本当に聖女様を殺害したのか調べる必要がでてきたので、姫様を亡き者にするのは止めたってことですよ」

閉口した様子の勇者に代わって、トレニが説明してくれる。会話に入るなら近くに来ればいいのに、相変わらず扉の前から離れない。職務を遂行することに熱心なのである。


では、私は余計なことをしたのね。と言えば、ただちに勇者から「死にたかったのか?」と返ってきた。


訊かれてから改めて考えてみると、よく分からない。

あのとき、首を刎ねられても何も思わなかったかもしれないが、積極的にそうしたかったのかと問われれば疑問が残る。

どんな大罪人でも死ぬのは怖いのではないだろうか。


そんなことよりも。


「勇者様」いつもそうしているように、イツキのもう一つの名を呼ぶ。

「何だ」当たり前のように二つ名を受け取るその人。


―――――僕は勇者じゃない! と泣いたあの日。

『いいえ、貴方は勇者です』と言い聞かせたのは私だ。


「私は生き延びたと言いますけれど」

「ああ」

「私は、まだ生きているのでしょうか」

「何?」

「―――――本当は死んでいるのではありませんか?」

「何を言っている?」

「私、まだ生きていますか?」

「何を、言っているんだ…?」


「姫様は何か変なんですよ。勇者様が結婚式であんな大それたことをしでかすから」とまた、トレニが割り込んでくる。私たちの会話をつぶさに聞いているようだ。

「貴方、そんなところから話しかけないでこちらに来ればいいのに」

提案してみたが「いいえ、有難いお言葉ですが、お気持ちだけで十分です」と、直ちに背筋を伸ばして普段の軽口を封印する。


「扉をいつも気にしているのは、私の逃亡を防ぐためだと思っていたけれど、何だか違うみたいだわ。……宮殿からこちらへ移送された理由もそうだわ。確かガウラルは、私の身が危ういと言っていましたわね」

「そんなこと言っておりましたか? 将軍は」

とぼけてみせる騎士。怪しいことこの上ないし、隠しても無駄である。

無知ではあるが、察しはいいのだ。


「私は命を狙われているのね? そして、皆は私を守ろうとしているのだわ」


しん、と静まり返る室内。私が話し出すと、時々こういう変な空気になることがある。けれどそれは、さして特別なことではない。私は王女だから。生まれながらに与えられている身分が、意図せず相手を萎縮させてしまうことはよくある。

これからは、そういうこともなくなるに違いない。


トレニとエボルは、私が結婚式の後からおかしくなったと思っているようだが。

それは、私だけではない。皆そうだ。


陛下がいなくなってから、皆変わった。そうでなければ簒奪した意味がない。


「勇者様までこの件に加担しているのは、なぜですか?」

いっそう強い視線で、射貫くように見てくるイツキに訊く。

「聖女殺害について調べなければならないからだ。それ以外には何もない。真相がわかるまでお前を生かす。―――――それで?」

「それで、とは?」

「どうやって殺害した? どうして、殺した?」


「申せませんわ」


「―――――そうか」

ひどく淡泊な返事をして、紅茶を一気飲みすると席を立った勇者。こんな品も何もない飲み方、初めて見る。もう行ってしまうのか。


「もっと一緒にいたいですわ」

広い背中に声をかける。顔は見えないが、ふんと鼻を鳴らしたのは分かった。

私に呆れているはずなのに、足音のしない優美な歩き方。舞踏会で恥をかかないようにと、並んで歩く練習をしたのは、そんなに遠い日のことではない。

なのに、もう手は届かない。

私たちはこの先、手を取り合うことはないし、並び立つこともない。だから当然、ダンスも踊らない。


教師に習ってステップを踏んだ。くるくる回って、放射状に広がるスカート。大理石の床を滑るヒール。会場に響く弦楽器の音色。

絵本の中でしか知らない世界。


「姫様」

「なぁに?」

てっきりエボルも一緒に出て行くのかと思えば、なぜかその場に留まって私を見ている。そして、事もあろうか


「姫様は、勇者様がお好きなのですか」と分かり切ったことを訊いてきた。

就いている職務の割に純粋無垢な眼差しで、誰もが訊くことをためらうようなことを直球で言葉にする。

好奇心というよりも、ただただ気になったことを口にしただけ、という感じだ。


「好きですわ」

ただ心にある想いを形にするだけだというのに、躊躇いが生まれる。

今更、想いを告げたところで何になるのか。

自問自答していると、思わずという雰囲気で振り返った勇者が「嘘が好きだな」と言って「お前は嘘つきだ」と重ねた。

嘘ではありませんわ、と否定するのに。今度は「大噓つきめ」とその目にはっきりと侮蔑の色を浮かべる。


心は失ったはずなのに。

胸の奥が生んだようにじくりと痛む。腐っていくみたいだ。身体の内側から。

罪を犯した代償なのかもしれない。見た目には分からなくとも、他人から罰を与えられなくとも、それとは別に神は必ず罰を与える。

何よりも重い罰を。


「信じてもらおうとは思っておりません。ただ、本当のことを言っただけですわ。好きです、と」

彼の言うとおり、私は確かにずっと嘘をついていた。けれど、いつか真実にするつもりだったから。嘘を、嘘とも思っていなかった。

いや、それは。ただの言い訳か。


「勇者様、姫様を侮辱するのは止めてください」

エボルが私の横に立って抗議する。

「姫様は傷ついています」

「傷ついていないわ」

「いいえ、傷ついています。鈍いからお気づきではないのです」

「失礼ね」

「それに、悲しんでもいます」


勝手なことを言う()従者に困り果てていると「勇者様がお帰りですよ!」とトレニが声をかけてくれる。

イツキはそっけなく「神殿に調べが入る」と告げて、部屋を出て行った。

私のことなんてどうでもいいのだろう。


「貴方、ついていかなくていいの?」一向に動こうとしないエボルに問う。

「大丈夫です」

「勇者様、お一人で行ってしまわれたわ」

「大丈夫です」

「寂しがっているんじゃないかしら」

「また、それですか?」


何で勇者様が寂しがるんです? と膝をついて私の顔を見上げるエボル。


「勇者様は異世界から来たからよ」

「存じておりますが」

「一人ぼっちだわ」

「そうですね。異世界人はこの世界に一人きりですね」

「そうなの。この先も彼は一人きりなのよ。帰れないんだもの。可哀相だわ。このままずっと一人で、寂しいじゃない」


「え、帰れない?」


双眸をこれでもかと見開いたエボルが息を呑む。


「帰れない?」言葉を置くように繰り返した。そして、立ち上がる。「え? あの、え?」冷静沈着と評される騎士が何度か何かを言いかけて、私とトレニを交互に見やる。何の意味もない行動だ。

結局、言葉が見つからなかったのだろう。口を閉ざして私を見下ろしたまま、立ち尽くす。


代わりに「―――――姫様は勇者様に嘘を吐いたのですか?」と訊いてきたのは、言わずもがなトレニである。こういう不測の事態ともいえるときは彼のほうが冷静なのだ。


「嘘は嫌いよ」

「もちろん存じておりますよ。けれど俺は昔、姫様が勇者様に故郷へ帰れると話していたのを覚えています。あの方に、絶対にニホンへ還すと誓ったのも見ておりました」

「そうね」

「―――――嘘をついたのですか?」

「嘘は嫌いよ」

「……存じております!」


扉の前にいて距離があるから声を張らなければならないのか。あるいは感情が高ぶっているから声が大きくなるのか。恐らく、後者だろう。


「失望した?」

「……いいえ」

「嘘は嫌いよ。失望した?」

「―――――わかりません」

「そうね。それでいいわ」


訪れた深い沈黙は、魔王討伐の旅の途中に見た雪景色を思い起こさせた。

降り積もった雪が世界から音を奪う。どこまでも広がる雪原が青空を映し儚く輝き、瞬きをすると瞼の裏が白く染まった。闇をも染める純白。

一緒に歩いていた仲間は「歩きずらい」「疲れる」と文句を言いつつ、これなら魔族も来れないかもしれないと冗談を言い合って。重い雪を、掻くようにして前へ進んだ。


点在する木立の枝が白く染まって神秘的である。雪が積もっていると思っていたのだけれど、雪ではなく冬にだけ咲く花だと教えられた。

こんなに寒い場所でも、植物は花を咲かせる。


動けなくなるのは。枯れてしまうのは。きっと、人間だけ。


出立の際、過酷な旅になると多くの人間に言われたものだが、宮殿しか知らなかった私は、初めて見る景色に幾度も感動を覚えた。

赤ん坊が、初めて痛みを知ったその日みたいに。驚愕し、泣き喚きたいほどの衝動に心が大きく揺らぐ。

世界は、こんなにも美しい。


どうして。


どうして、こんなに美しいの。


『平和になったら、また来ればいいよ』と言ってくれた人は、旅の途中で命を落とした。返事をしなかったことを、今でも悔いている。


答えられなかったのは、国に帰ったら、もう二度と王宮からは出られないと知っていたから。


「なぜ、嘘を吐いたのですか?」

トレニやエボルのように動揺しているわけではなさそうなミラが、ティーポットから紅茶を注いでくれる。いつの間にか、カップの中は空だった。


「勇者様がニホンへ帰りたがっていたからよ。あまりに泣くものだから、泣き止んでほしくて『帰れる』と言ったの。私が必ず、ニホンへお還し致します。と」

「そうですか」

やはり侍女はあまり興味なさそうである。


「そうなの。ニホンへ還します。だから安心してください。どうかこの国をお救いくださいって頼んだのよ」


何て、むごい。そう言ったのは誰だろう。

トレニ? エボル? それとも普段は一言も声を発さないメイドが、思わず言ってしまったのだろうか。あるいは、自分で自分に言ったのかもしれない。


そう。私は、勇者と交わした約束を反故したのだ。

何も知らず、怯えていた彼の柔い心に付け込んで懐柔し、信じさせて。甘い言葉で彼を思い通りに動かした。

残酷な行いと知りながら。恨まれることも分かっていた。だけど、自ら選んでそうした。


「……後悔していますか?」そうであってほしいと願うように従者が問う。

「そうね」

「そうですか」

ほっとしたような吐息が聞こえて。

だけど、私は反省していないのよ。と心で呟く。


己の行いを悔いていながら、それでも反省をしていない。


省みても無駄だから。

これよりも最善はないと信じた道を、ずっと、歩いてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ