【勇者召喚前の円卓会議】
「陛下は早急に、異世界からの勇者召喚を行うようにと仰せです」
宰相の言葉に、円卓会議に集められた全員が渋面を作る。中には嘆息するものすらいた。拒絶反応に近いものを示したのが西の将軍ガウラルだ。
「異世界から客人を招くよりも前に、すべきことがあるだろう」
それはつまり、異世界の人間に頼るのではなく、あくまでもこの世界の人間が主体となって問題解決にあたるべきだという至極まっとうな意見だった。
同意するように頷いているのが、西の将軍と対を成す東の将軍である。
「しかし、現段階、勇者にふさわしい人間は現れていない」
大神官の言葉に黙り込むしかない会議の参加者。そもそもが不意打ちのように出された「勇者召喚」という議題だった。事前に何の準備できないまま集まったので、ふいに言葉が出てこない。
この場において、どのような質問が出るのか、どうような回答をすればいいのか。
誰も、何も知らないのだ。
この会議については元々、あえて議題を掲げていなかった。参加する人間の名前だけが開示され、後は全て機密事項。誰も、何について話し合いが行われるのか知らされなかったのである。
知っていたのは、宰相だけだろう。
「困りましたな」
元老院の議長が大きく息を吐く。
「勇者召喚は準備するのに時間がかかる。関係各所の協力もいるだろうが、内密に事を進めなければならない。どこで横やりが入るか分かりませんからな。ともすれば信頼に足る人間を集めるのは難しいでしょう」
ここは有事の際に話し合いの場として提供される王宮の一室であるため、窓がない。室内の声が外に漏れださないように配慮されているから、風通しが悪く空気が薄かった。白熱した会議では酸欠の者が現れるほどである。
息苦しい。
首元が締まったドレスを選んでしまった。
議題は伏せられていたものの大事な会議と聞いていたから、普段纏っているものよりも質素なものを選んだ。いつも通りの装いでは少し華美なような気がしたのだ。
侍女は飾り気のないドレスに不満そうだったけれど。
私はむしろ、このドレスのほうが己に合っているような気がした。
「姫様は? どう思われますか?」
ふと矛先が向いて背筋が伸びる。油断していたわけではないが、いざ全員の目がこちらに向くと戸惑う。まさかこの場で意見を聞かれるとは夢にも思っていなかったのだ。
「……私は……、」
ただちに言葉が出ない。答えに窮していると、
「姫君に決めさせるのは酷というものでしょう。大人びて見えてもまだ十二ですぞ」と宰相が助け船を出してくれる。続いて、
「宰相の言うとおりですな。姫君には何の裁量権を与えられてはおらんし」
元老院の議長が「時間の無駄では?」と、容赦なく切り捨てた。
「それでも、ですよ。何の意見も持っていないのにこの場におられるのは、どういう意図があってのことか」
尖った物言いをして宰相に顔を向けているのは、大神官の付き添いでここまで来たという神官である。
大神官と神官が揃って宮殿まで出向くのは初めてではないが、珍しいことであるのは間違いない。すなわち、この会議がいかに重要なものであるかは政治にかかわることのない私でもよく分かった。
だからこそ、迂闊なことは口にできない。
己の発言が周囲に与える影響を理解している。何の権限もないと言っても、我が国の王女は、私一人。
「ともかく、陛下が勇者召喚を望んでいる以上、我々は従うしかないでしょう。先日の血の粛清をお忘れか?」
議長の言葉に東西の将軍は天井を仰ぎ、大神官と神官はさっと顔色を悪くした。
あまりに記憶に新しい。そのことを思い出すだけで、小さく肩が震える。
それはほぼ一か月前のことだった。
勇者捜索のために一年間旅をして戻ってきた騎士三名と冒険者二名が処刑されたのである。旅の内容については碌に精査もされなかったという。
彼らは王宮が正式に打診をして旅に出た者たちだった。
要するに。
何の手がかかりも成果も得られないまま帰還したことに国王が激怒したのだ。そして周囲の人間は誰も、かの人を諫めることができなかった。
勇者を見つけられなかったのだから、旅そのものもうまくいったとは言えない。それでも力を尽くしただろうことは知っている。
心身ともに疲れきっていた様子の彼らを宮殿内で見かけたから。
まさかそのまま投獄され、何の裁定もされず処断さるとは思わなかったのだけれど。
「そもそも初めから、選択肢など存在していなかったということです」
西のガウラルが呟く。一瞬前よりも一層空気が重くなったようで、顔を伏せた。
「ともかく、召喚の準備だけは進めることにいたしますか? 時が経てば陛下のお気持ちも変わるやもしれません」
年老いた大神官が気を取り直すべく、あえてだろうが声を大きくして告げる。
そんな風に、気を強く持っていなければ、あらゆる負の感情に呑み込まれてしまいそうだった。恐らく、皆がそうだったと思う。
国王陛下の気が変わることなど、ありはしない。
己の欲望のままに領土を広め、その権威を世界の果てまで轟かせると、民衆を意のままに操ってきた。気に入らない人間は全て闇に葬り。敵対する国があれば、火をつけて回った。
かの方の残虐すぎる行いは他国まで知れ渡っている。
私が幼少期よりこれまでに渡って、ほとんどの時間を離宮で過ごさなければならなかったのはそれが原因でもあった。
東西の将軍が護ってくれたのだ。
『姫君は同世代の赤ん坊に比べて発育に問題がある。だから本殿ではなく離宮に置いて、静かな環境の中で育てるべきだ』と。父王から私を遠ざけるために、あえてそういうことにしたらしい。
「それで? 姫君はなぜこの会議に?」
改めて神官に問われて顔を上げる。
「それは私から説明いたしましょう」
宰相は鷹揚に頷き、おもむろに立ち上がった。
円卓の外側、部屋の隅にひっそりと置かれている椅子に座っている私の前まで歩み寄る。
「もしもこのまま滞りなく召喚の儀が行われたならば、姫君には召喚された勇者の世話役となってもらいたいのです」
「―――――世話役?」
不思議そうに繰り返したのは私ではなく、東の将軍だった。
「恐らく「勇者」というからには年若く頑丈な青年が召喚されるはず。これぞ勇者という背格好、年齢でしょう。そうであるなら、異世界に呼ばれた時点で拒否反応を示すやもしれません。知らない世界に一人きり。怒りや悲しみに支配され、暴力的な行為に走ることだって考えられます。―――――それだけならば良いが、役目を放棄するやもしれません。しかし、そんなとき……」
傍に幼い少女がいたなら、どうでしょう。
優しい顔をしてその人は言った。
幼少期からの顔見知りであるはずなのに、知らない人間のようにも見せる。
背中が粟立つ。
「一体、何をさせるつもりですか?」
不穏な色を滲ませた声色で、アイリスが問う。
「何も」
宰相は膝をつき、座っている私を見上げた。
「貴女様はただ、召喚された勇者の傍にいて、心を尽くしてあげれば良いのです」
もっとも、実際に衣食住の世話をするのは従僕であるから、姫様のすべきことはあまりございませぬ。と続ける。
「危険では? 子供と言えど、女性です。力も弱い」神官がごく当たり前のことを口にした。
「心配には及びませぬ。勇者というのは不埒な行いはできぬもの。そういう制約がかけられているのです。勇者はつまり、強い魔法によって支配されております」
万が一にも姫君を傷つけることはないでしょう。
力強く宣言されるものの、
「勇者については分からない部分が多いな。そもそも、暴力に走る可能性があるかもしれないけれど、不埒な行いはしない―――――とは、どんな矛盾か」と、ガウラルが首を振る。
そんな彼に、神官がしたり顔で言った。
「人間とはそういうものです。不測の事態に戸惑い、結果的に暴力に頼る。その一方で、道理や倫理を重んじるものですよ」
哲学のようである。理解したがたく、それでいてなぜか説得力がある。
「お嫌なのであれば断ってもいいのですよ? 代わりに別の者を用意いたしましょう」
黙っていると、アイリスがいかにも真っ当なことでも言っているかのような顔で問うてくる。
いつからか、私の心臓が早鐘をたてていた。
大人たちが平静を装い、あまりにも人間性を疑う発言をするから。
彼らにはさして罪悪感がないように見える。
「いいえ、これは姫様にしかできぬこと。もちろん他にも候補はおりましたが、王族の姫様だからこそ意味があるのです」
「それはどういう意味ですかな?」大神官が口を挟む。
「例えば、姫様ではなく他の人間を勇者に宛がったといたしましょう。しかしその人物が、陛下の不興を買うようなことをしたなら? 即刻、命は刈り取られる」
勇者はきっと混乱に陥るでしょう。
「姫君ならどうです? ただちに命を奪われることはないはずです」
「……、」
誰も返事をしない。あるいは、私自身に説いているのか。
「これは、姫様にしかできること。勇者を信用させ、その心の隙間に入り込み、そして助けてあげるのですよ」
返事をしなければと思うのに。
それでいいのかと良心が咎める。
良いはずはない。
良いはずはない、が。
勇者が魔王を討たねば、この国は亡びる。
そう言われてしまえば、頷くしかなかった。
一国の王女として、国を守るのは私の責務でもあるのだから。
*
「おかえりなさいませ、姫様」
自室へ戻ると筆頭侍女が深く頭を下げ、出迎えてくれる。
「ただいま戻りました。ティティーリア」
微笑むと彼女はほっとした様子で、お茶を準備しておりますと窓辺に視線を向けた。メイドが、テーブルに茶器を並べている。
「ありがとう」
頷いて、あらかじめ用意されていた椅子に座る。
「それで……、どのようなお話が?」
紅茶の香りを楽しむ間もなく、カップを手に取ると早々に訊かれる。しかし、答えることができない。
「姫様?」
隣に立つ侍女を見上げた。
ミルクティーのような甘い色の髪を複雑に編み上げて少しの乱れも許さないのは、まさに彼女の性格を表しているようだ。
幼いこと頃から一緒にいてくれたティティーリア。
この離宮で最も信頼できる人だ。
話してもいいだろうか。
「実は、」
そっと手招きをして口元に手を添えれば、その意図を正しく理解した私の侍女は身を屈めてくれる。耳に唇を寄せて「恐らく召喚が行われるの」と囁いた。
「召喚?」
私の言葉をなぞった後、はっと息を呑む。
榛色の大きな瞳をきょろきょろと左右に動かし、慌てて口元を覆った。
「何を召喚するんです?」
声を潜めながらも興味津々という感じで身を乗り出してくる。
あまりにも近い。息が触れるほどだったので軽く肩に触れて、距離を取った。
「し、失礼いたしました」
しおしおと下がるティティに苦笑しながら「今はまだ言えないのよ」と言って、用意してくれたクッキーをつまんだ。
「……それは、姫様にとって良いことなのですか?」
すっと姿勢を正し、案じるように肩を下げる。年齢でいえば七つ上だというのに、今はどこか頼りなく、あどけない。
正直にいうと。
これが吉と出るか凶と出るかは私にも判断できない。
召喚の儀式自体が成功するのかどうかさえ分からないのだから。
ただティティの顔を見るに留まり、返事もできずにいると何かを察したのだろう。
「お手伝いできることはありますか?」
「……いいえ、」
咄嗟にそう答えたけれど、もしかしたら今後、手を貸してもらうことがあるかもしれないと続けると、その人は嬉しそうに頷いた。
にっこり笑って「おまかせください」とはりきった様子を見せる。
「ところで、このクッキーのお味はどうですか? 今、市井で流行っているらしく、急いで菓子職人を呼び寄せたのです」
小花の散った丸皿に、魔法で作られた造花と併せ、宝石のようなジャムが乗ったクッキーが並んでいる。
「美味しいわ」
見るからに甘そうだけれど、咀嚼するとそうでもない。後味がすっきりとしている。五感を刺激する香りも良い。とても満足のいく味で、市井の人たちは案外、豊かな食生活をしているのかもしれないと想像した。
「気に入ったのでしたら、また用意してもらいましょう」
うんうんと頷き、胸の前で拳を握る。
「職人は明後日まで滞在しておりますから、余分に作ってもらいましょうね」
意気揚々とした様子に私も心が浮き立つ。
「楽しみにしているわ」と答えた自分の声を、なぜか忘れることができない。
「明日、新しいものをお持ちしますね!」
けれど。
彼女は翌日、離宮に顔を出さなかった。
「ティティはどうしたの?」
「―――――何でも火急の用件ということです。休暇をいただいております」
初めて見る顔の侍女が淡々と答える。夜着からドレスへ着替えたときも思ったのだが、今日は侍女を含め、メイドも新顔ばかりだった。
使用人が同じ時期に、一斉に顔を変えるのはあまりあることではない。
「……いつまで?」
「存じ上げません」
そもそも王女付きの侍女が、主に何の断りもなく休暇を取るだろうか。
王宮勤めの人間は通常、どんな理由があろうとも事前の許可を得ずに暇を取ることはない。
嫌な予感がした。
そうだ。予感はあったのに、私はそれ以上追及しなかった。
ティティーリアは賢い。いつだって私に手本を示してくれた。
勉強も、礼儀作法も教養も彼女から学ぶことは多い。それでも「先に生まれたのだから、私のほうが知っていて当然です。きっとあっという間に姫様が追い越してしまいますわ」と、彼女は笑う。
人よりできることをひけらかすことはなく、自慢したりもしない。
「私は姫様に教えるために学んできたので、当然のことですよ」と宣う。
それに、彼女は侯爵令嬢だ。何があろうとその高い地位が彼女を守ってくれるはず。
心配することはない。
大丈夫。大丈夫。
そう祈り続ける。
願いが、叶ったこともないのに。
ティティーリアが反逆罪で捕縛されたことを知ったのは、その三日後のこと。
この事実を知ったとき、彼女は既にこの世の者ではなく。他にも幾人かの使用人が処刑されたと、侍女たちが話しているのを聞いた。
私の侍女は。
大好きな幼馴染は。
私の知らぬ間に死んでいた。
その遺体は、一週間にわたって王宮の一番高い塔から吊るされ、さらしものにされたという。




