最終話 花喰い竜と生贄の姫
「ラーラ……とっても似合っているわ」
温かな風が優しく吹く、草原の真ん中。
朝日で琥珀色の髪を輝かせるラーラマリーを見て、慈愛に満ちた目を細めて母が呟いた。
「ありがとう、お母様」
微笑んだラーラマリーの纏う白いドレスの裾が風に揺れ、そこに刺繍された白銀のリュスタールの花が、まるで一緒に喜んでいるようだ。
森へ移る約束の日。
ジークヴァルトの魔力の問題があるので、両親の前で二人並んでの結婚式はできないが、「花嫁姿を見たい」という家族の願いを叶えるため、オルフェがラーラマリーのためのドレスと、ジークヴァルトのための礼服を仕立て、メルナリッサと母が協力して揃いの刺繍をさし、この日までの数ヶ月をかけて、二人のための衣装を準備してくれていた。
ピッタリと腕に沿う長袖の白いドレスは、胸の下から切り返された軽やかなドレープがひらひらと風に靡き可愛らしい。
裾には白銀の糸で施された、一面のリュスタールの花畑。
上品にあいた首元には、金に輝く小さな星々の刺繍と、たくさんの細かな水色の宝石があしらわれている。
「こ……こんなに、受け取れません!」
そう言って驚愕に目を見開き辞退しようとしたラーラマリーに、ベルホルトとカイザックが「国からのお祝いだ」と無理やり押しつけた宝石だ。
綺麗に編まれた髪には、花輪のような形になるよう、たくさんのリュスタールの花が飾られている。
朝日が昇るよりも早く、父とルイスが選びに選んで摘んで来てくれた、朝摘みの美しい花々だった。
見送りには、両親とルイス、それからベルホルトとカイザック、クレトも来てくれていた。
「ラーラ、本当に綺麗だよ。……本当に、自慢の娘だ」
堪えきれず、言葉の途中で泣き出してしまった父を抱きしめる。
「ありがとう。お父様も……世界中で一番のお父様よ」
両親と挨拶を交わし終わったラーラマリーに、ベルホルトが言った。
「其方には……本当に迷惑を掛け、すまなかった。其方と、ジークヴァルト殿に誓った約束は必ず果たす。時間はかかるだろうが……見ていてほしい」
戦いの後、カイザックを通してジークヴァルトと話し合ったベルホルトは、王位を退く事はせず、国を新たな道へ導く事を約束した。
それは、ジークヴァルトに頼らず、魔物を生み出す魔力を、自分達で減らしていくという誓いだった。
すでにたくさんのアドロの血を引く者がいるため、王国に巣食っていた魔物がアドロであったという部分は伏せたが、ベルホルトはそれ以外の全ての事を国民に、そして周辺の国々に誠実に説明した。
魔物とは何か。
花喰い竜とは何か。
竜の森を包む結界はもうない。
人々は最初こそ混乱したが、真摯に向き合うベルホルトの言葉を次第に受け入れ、リュスタールの花を食べることが浸透しつつあった。
神殿は恐怖から逃れるための祈りを捧げる場ではなくなり、国を守護していた花喰い竜へ嬉しい事を報告するための場に変わっていった。
「其方に、竜の加護があらんことを──いや、おかしな事を言ったな。竜の最愛には不要の呪いであった。……二人で幸せにな」
ベルホルトが肩をすくめて眉を下げ笑うと、ルイスが言った。
「姉上! ほら、行こう。皆が早くしろって待ちくたびれてるよ」
言われて遠くの竜の森を振り返ると、その入り口には、ぴょんぴょんと笑顔で飛び跳ねるメルナリッサと、それを苦笑して眺めているキース、微笑むオルフェと、その身に寄り添いながら腕組みをしているナナレ、それから──ラーラマリーと揃いの、リュスタールの刺繍が美しい白の礼服に身を包んだ、幸せそうに目を細めるジークヴァルトが立っていた。
ベルホルト達に見送られ、ラーラマリーは父と母と手を繋いで、その後ろに笑うルイスを従え、竜の森へ向かって歩き出した。
まるで家族で散歩にでも行くように。
広い草原を、家族で手を繋ぎ、笑って、歌って、おしゃべりをしながら、一緒に歩いた。
「ラーラ……幸せにね」
そう言って、ジークヴァルトの魔力に耐えられるギリギリの距離で、両親がそっと手を離す。
涙を流し立ち止まった両親と、胸に手を当て、深く礼をするジークヴァルトを見比べ、ラーラマリーは「うん」と小さく返事をすると、今度はルイスと手を繋いで歩いた。
「姉上、いってらっしゃい」
竜の森に入ることだってできるのに、ルイスはそれよりも随分早めに、ラーラマリーの手を離し、笑ってその背を軽く押した。
ラーラマリーは一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに同じように笑って家族の方を見る。
「それじゃあ、行ってくるね!」
大きな声でそう言うと、ラーラマリーはふわりと広がるドレスを掴んで裾を上げ、森の入り口に立つ愛しい竜へ向かって駆け出した。
「ラーラ!」
美しい赤髪にキラキラと朝日を弾かせ、涙の滲む金の瞳を幸せそうに細めたジークヴァルトが、駆けて来る彼女のために両手を広げる。
ラーラマリーは地を蹴り、思いっきりその腕の中へ飛び込んだ。
「ジーク!」
強く抱きしめる勢いのまま、ふわりと高く抱き上げられ、ラーラマリーの目線が、ジークヴァルトよりも高くなる。
力強い腕に支えられ、花開くような笑顔で彼を見下ろしたラーラマリーは、ジークヴァルトの頬に、ぽろ……と一粒涙をこぼした。
「おはよう、私の愛しい人。花喰い竜と──大好きなあなたと、ここで一緒に生きていきたい」
それは、出会った時とは真逆の言葉。
──花喰い竜を、殺しに来たんです。
そう言って剣を構えていた彼女を懐かしく思い、微笑む澄んだ水色の瞳を見上げ、ジークヴァルトは眩しそうに笑った。
「俺も、ラーラと共に生きていきたい。お前が一緒ならきっと……この先どれだけ永遠が続いても、時間が足りないな」
ジークヴァルトはクシャリと破顔し、抱き上げるラーラマリーの頭を片手でぐいと強く引き寄せると、二人で笑って口付けを交わした。
***
その後のフォレステイア王国は、ベルホルトと、彼の意思を継ぐ後継達の平和な治世が長く続き、その期間は『幸福の時代』と呼ばれています。
千年近くの時間をかけて花を食べ続けた人々からは、次第に生まれつき魔力自体がなくなり、さらに長い長い時を経た今では、魔法を使える人間を探し出す方が難しく、魔獣も魔物もどこにもいません。
建国の逸話である『始まりの兄弟と花喰い竜』を始め、伝説の金竜には、今も様々な逸話が残されています。
精霊の国の王位継承問題に巻き込まれるお話や、愛する妻が竜人国に攫われるお話──あぁ、花喰い竜の従者である、水竜の恋のお話も人気ですよね。
新しい出会いや、誕生や、別れのお話もたくさんありますが、実際に「彼らを見た」という人々が伝え残した言葉によると、花喰い竜の隣には、いつも可愛らしい伴侶が寄り添い、幸せそうに微笑み合っていたそうです。
ともかく、『花喰い竜と生贄の姫』のお話は、これでおしまい。
竜の森は、今でも残っていますよ。
深い森の中に、尖った屋根が並ぶ石造りの城と、その奥に白銀に輝く小さな百合のようなリュスタールの花畑、それから、寄り添うように植えられた、竜の友達のための大きな二本の木があれば、そこが、竜の森です。
もしあなたがそこを見つけたなら、「あなた達と友達になりたい」という意味を込めて、リュスタールの花輪を頭に乗せ、城の門を叩いてみて下さい。
もしかしたら、数千年を経た今でも、優しい花喰い竜と彼の家族達に出会えるかもしれません。
だって、金竜の寿命は二千年と言われているだけで、愛する人に巡り会えたジークヴァルトとラーラマリーが、その後実際どれくらいまで長く生き続けたのかは、誰も知らないんですから。
『花喰い竜と生贄の姫』
───完───
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
大好きな竜や童話や神話の空気を詰め込んだ本作、いかがでしたでしょうか?
お楽しみ頂けた方は、ぜひ、ご感想やポイント評価頂けると嬉しいです(*´꒳`*)
本編はこちらで完結ですが、投稿サイト『カクヨム』様にて番外編をご用意しています。
ご興味のある方はぜひそちらで本編後のキャラクター達をお楽しみ下さい。
よければまた新たなお話でもお会いしましょう。
お付き合い頂き、ありがとうございました!




