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第51話 夜明け

 ジークヴァルトの温かな腕の中。

 苦しげな金の瞳を霞む視界に映しながら、ラーラマリーはどんどんと重くなる瞼に何とか抗おうと努力していた。


(……ジーク……泣かないで……。大丈夫だよ。なんにも……痛くないよ)


 恐らく、自分の名を呼んでいるのだろう。

 顔を歪め、何かを叫んでいる姿は見えるが、深い水の底に沈んでしまったかのように、声が全く聞こえない。


 今すぐジークヴァルトの髪を優しく撫で、安心させてやりたいのに、指先一つ、視線一つすら動かすことができない。


 声を出すこともできず、せめてもと思い、ラーラマリーは何とか微笑みを向け続けた。


(なんだか……私って、ジークを泣かせてばっかりだな……)


 心は何故か、信じられない程、穏やかに凪いでいる。


 僅かにしか開かない目で、ラーラマリーはどこか夢心地に、目の前のジークヴァルトを見つめた。


 全身が凍る湖に沈んでいくように寒いのに、心臓のあたりだけが、燃え滾るように熱い。


(ジーク……ごめんね。大丈夫だよ。……少し、眠るだけだから……)


 力が抜けていき、もうこのまま溶けて消えてしまいそうな感覚がして、思わずその心地良さに身を委ねてしまう。


(大好きだよ、ジーク。起きたら……ちゃんと言うから……だから、少しだけ眠らせて。本当に、すぐ……起きるから──)


 愛しい金の瞳を見つめながら、ラーラマリーはそのままゆっくりと、瞼を閉じた。









「ラーラマリー!!」


 瞼を閉じ、ぐったりと力を失ったラーラマリーの重さを腕に抱きしめながら、ジークヴァルトは必死で名を呼び続けた。


「ラーラ、駄目だ!! 頼む……俺を置いて行かないでくれ!!」


 ぼたぼたと涙を流しながら、片手を血に染まる彼女の胸に当て、回復魔法を何重にも掛ける。

 浮かんでは消え、消えては浮かぶ白銀の魔法陣に、ありったけの魔力を注いでいく。


 血は集めた。

 傷も塞いだ。

 

 だがどうしてなのか。


 まるで眠っているような穏やかな表情のラーラマリーは、どれだけ呼び掛けても、体を揺すっても、起きる気配がない。


 目の前の光景が信じられず、涙が止めどなく溢れ続ける。


 刺されたのは腕に抱く彼女のはずなのに、自分が刺されたのかと錯覚する程に、肺が軋み、息が上手く吸えない。


 震える声を必死で絞り出し、ジークヴァルトは泣きながら無理やり笑顔を作り、動かぬラーラマリーに語り掛けた。


「お願いだ、ラーラ……目を開けてくれ……。なあ……早く一緒に森へ帰ろう。皆、城で待っている。早く起きて……俺の名を呼んでくれ。ラーラマリー……頼む……」


 どれだけ願っても、返事はない。


 朝日が腕の中の彼女を照らし、琥珀色の髪がキラキラと光っている。


 嗚咽で息もできず、ジークヴァルトは覆い被さるように腕の中のラーラマリーをきつく抱きしめ、彼女から贈られた濃紺の外套が、二人を優しく包む。


 ラーラマリーのこめかみに掛かる美しい髪に鼻を埋めると、無理やり焼け付く喉をこじ開け、掠れた声で呟いた。


「──()()()()()……()()()()


 涙を流しながら、縋るように溢したそれは──婚儀のための魔法の言葉。


 一言一言が口を付く度、苦しさに抗う様に息を吸い、震える声で()()を紡ぐ。


「巡り逢った半身……魂を分かつ片割れ……愛しい人、その瞳に……私を映せ……! 朝が来た……朝が来た!」


 丁寧に、だが叫ぶように声を振り絞って唱えるジークヴァルトの脳裏には、活き活きと笑う彼女の姿が浮かんでいるのに、抱きしめるラーラマリーの体は、ピクリとも動かない。


 頬を伝い続ける涙が、彼女の髪を濡らす。


「私の魂を……お前に捧げる……私の心臓を、お前に捧げる!! 愛しい人……どうか、返事を……」


 祈るように最後まで必死で唱え終わり、ジークヴァルトはラーラマリーの頬を優しく撫でると、目を閉じたままの彼女に、そっと口付けを落とした。


(ラーラマリー……)


 唇の冷たさに、心がバラバラに千切れるような痛みを感じながら、無理やり魔力を流し込む。


(ラーラマリー……お願いだ……俺を置いて行くな)


 だが、ラーラマリーの言葉を貰えず、完成しない魔法は行き場を無くし、彼女の心臓の周りを迷子のように彷徨い続けているだけだ。


 ジークヴァルトは顔を歪めて嗚咽を漏らし、ぎゅっと硬く目を瞑ると、耐えられず再びラーラマリーを目一杯強く抱きしめ、叫んだ。


「──っ目を覚ませ、ラーラ!! お前がいないと、俺はもう息も出来ない!! ……愛している!! お前を愛している!! お願いだから……早く起きろ!!」


 ボタボタと溢れる涙が、ラーラマリーの頬に落ち染みていく。


 ジークヴァルトの心からの慟哭が空に響いた──その時だった。


 微かに聞こえた小さな、それは小さな声に、一瞬、世界中の時が止まった気がした。


 ハッと息を呑んだジークヴァルトの全身の血は沸き立ち、心臓が震える。








「──()()()()()()()()()()








 彼の耳に甘く、優しく届いた()()は、ジークヴァルトに続けて唱える、()()()()()()()()()()()()


 その微かな呟きが落ちると同時に、ラーラマリーの中で彷徨っていた魔力が全身に広がり、彼女を淡い光が包むと、そのままどんどんと溢れ出した魔力は、ゆっくりと螺旋を描くように白銀の魔法陣を二人の周りに描き始めた。


 祝福を降らせるように銀粉を舞い散らせながら、魔法陣は下から上へと昇っていき、ジークヴァルトとラーラマリーの真上で止まったそれは、パッと柔らかく輝き、静かな花火のようにキラキラと弾けた。


 眩い光が、二人を包む。


 その全ての光が、再びラーラマリーの心臓へ向けて集まっていき、染み込んだ魔法の光が消えると、腕の中、朝日に照らされる彼女の()()()()()()()を見て、ジークヴァルトはグシャリと顔を歪め、声も出せずに涙を溢れさせた。


「……ジーク」


 薄っすらと瞳を開いたラーラマリーが、泣く彼の頬を、優しく撫でる。


「ねえ……魔法の言葉……合ってた?」


 小さな、だが心から待ち望んだ優しい声に、ジークヴァルトはただ何度も頷きを返すので精一杯だった。


 温かさを取り戻したラーラマリーの命を確かめるように、きつく彼女を抱きしめる。


 頬をくすぐる美しい赤い髪に目を細め、ラーラマリーはジークヴァルトの背にそっと腕をまわし、宥めるようにゆっくりと撫でた。


「ジーク……愛してる」


 ラーラマリーの言葉に、彼女を抱くジークヴァルトの腕の力が一層強くなる。


「俺も」


 ようやく力を緩め、真っ直ぐにラーラマリーの顔を見つめて、ジークヴァルトは涙で濡れた金の瞳で、無理やり笑った。


「俺も、ラーラを愛している」


 登り始めた太陽で石畳が眩しく黄金に光る中、互いの熱を確かめるように固く抱きしめ合った二人は、込み上げる愛しさのまま、静かに再び唇を重ねた。


 

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