第48話 すれ違う刃
「返せか……なら、私と戦え。私はお前と並び立つために力を手に入れたんだ。さあ──手合わせだ!!」
血管を浮き上がらせ、体全体に力を込めたアドロは、笑ってそう吠えるなり、切り結んでいた大剣を目一杯振り抜き、ジークヴァルトを空へ向かって吹き飛ばした。
そのまま高く跳躍し、翼を広げ空中で衝撃を和らげようとするジークヴァルトを猛追する。
「ははっ──楽しいなぁ、楽しいなぁ!!」
心の底から震えるように笑うアドロは、自身も黒い翼を作り出し、嵐のように旋回しながら大きく剣を振り回し、ジークヴァルトへ切り掛かった。
「──っぐ、ぅ!!」
淡く光る剣でそれを受け止めたジークヴァルトは、その一撃のあまりの重さに思わず呻く。
後方に飛んで押し進んでくるアドロの勢いをいなすと、切り結んだ大剣を斜めに絡め取り、剣を滑らせながら下に潜り込む。
同時に、上へと吹き飛ばす程の勢いで、思いっきりアドロの腹を蹴り上げた。
(アドロの相手をするより、まずはラーラマリーを助けなくては……!)
そのままグルンとアドロと位置を変えたジークヴァルトは、物凄い速さでラーラマリーの元へ向かって駆けようとした。
だがそれをアドロは許さず、轟音と共に、周囲の街へ向かって幾つもの雷のような黒い槍を降らせた。
「ずいぶん余裕だな!! ご褒美は私と戦ってからだと言っただろう!!」
背にアドロの声を聞きながら、ジークヴァルトは煙を立て崩れる街を見て思わず「くそ」と悪態を吐き、心をも残虐な魔物に変容してしまった友へと向き直る。
「アドロ……」
グシャリと顔を歪ませ、ジークヴァルトは淡く輝く無数の守護の魔法陣を作り出し、アドロへ向かって飛びながら、舞う魔力の銀粉と共にそれを街へ向かって降らしていく。
「俺と戦いたいなら、そうしてやる!! 頼むから、街やラーラマリーには手を出すな!!」
声の限りにそう叫びながら翼を加速させ剣を構える。
迎え撃つアドロもジークヴァルトへ向かって大剣を掲げ、急降下しながら大声で唸った。
「駄目だ!! お前は誰かのためにしか戦わない。本気のお前でなければ意味がない!!」
ドン! と轟音を響かせ、再び刃はぶつかり合った。
闇夜に変わった空には雲が広がり、輝く月を何度も隠しながら流れていく。
交わす激しい剣戟で、空が割れる。
放たれた互いの魔力で、爆風が地を揺らす。
まるで二羽の鷹が空を舞うように、交差し、ぶつかり、旋回し、またぶつかる。
拮抗する二人は、それでもややジークヴァルトが優勢のようだったが、勝敗が彼に傾かずに時間だけが無常に過ぎていくのは、ラーラマリーが原因だった。
(私が……ジークの足を引っ張ってる……)
ラーラマリーは上空の戦いを固唾を飲んで見守りながら、胸の前、棘に刺された手に血が滲む程、折れた短剣を祈るようにギリと握りしめた。
ジークヴァルトがあと一手という所まで迫ると、戦いを続けたいアドロは、悪辣な事にラーラマリーに向かって攻撃を飛ばし、彼の心を乱して防戦へと転じさせるのだ。
さらには、時間が経つにつれ彼女を覆う茨の檻は徐々にその範囲を狭めており、ラーラマリーへじわじわと死が迫っている事も、ジークヴァルトから冷静さを奪っていた。
「ジーク……」
縋るような溢れた呟きは、そのまま冷たい夜の空気に消えていく。
空には激しい戦いの音、二人の男の怒声や咆哮が響き、弾けた魔力が閃光のように幾度となく周囲を照らす。
(私が……私がここにいちゃ駄目だ。どうにかして、ここから出なくちゃ……!!)
ラーラマリーはそう思い、戦いが始まってからずっと、脱出しようと何時間も奮闘を続けていた。
硬い檻を破ろうと、何度も何度も、折れた剣を茨に突き立てた。
絡む茨を引き千切ろう、少しでも隙間を広げようと、棘も厭わず力一杯それを掴みもがいた。
だが、玉の汗がその頬を伝っても茨の檻はびくともせず、時間だけが過ぎていく。
「ラーラマリー、必ず俺が助ける。大丈夫だから……必ず助けるから」
アドロが放ったラーラマリーへの攻撃を上空で受け、傷を負いながらも無理矢理に笑ってそう言い残し、数多の追撃をいなしながら再び戦いへ舞い戻るジークヴァルトを見送ることしかできない。
「なんで……」
ボロボロになった両手で剣を握り、思いっきり高く振りかざした短剣を茨に突き立てる。
キン……と硬質な音だけが虚しく響き、傷ひとつつかない檻を見て、とうとうラーラマリーは大粒の涙を溢し、顔を歪めた。
「なんで何もできないのよ!!」
悔しさと自分への怒りで、思わず叫ぶ。
(何もできない……ジークのために、何も……!!)
泣いてもどうにもならない。
わかってはいても、一度決壊した涙は止め方を忘れたようにどんどんと溢れてきて、嗚咽が漏れる。
呼吸が出来ない程に喉は焼けつき、心はバラバラに千切れそうだった。
「ふ……うぅ……う……」
俯けばぼたぼたと涙が地面に落ち、噛み締めた唇からは血が滲む。
ラーラマリーは片手を剣から離して茨を掴み、縋るように額を寄せた。
「ジーク……」
泣きながら小さく名を呼び、頬を伝う涙が、そのまま茨に染み込んだ。
その時──。
《……ラーラマリー》
優しく自分を呼ぶ不思議な声がして、ラーラマリーは思わず顔を上げた。
《……ラーラマリー》
気のせいではない。
もう一度、誰かが自分を呼ぶ声がして、ラーラマリーは周囲を見回す。
だが当然ながら、自分以外には誰もいない。
「誰……?」
戸惑いながらも、恐る恐る問いかけると、触れていた茨の一本がラーラマリーの方へ伸び始め、彼女をその棘で傷つけないよう、僅かに隙間を開けながら、ゆっくりゆっくりと腕からその体へと巻きつき始めた。
ラーラマリーは驚いたが、声も上げずじっとして、その茨に身を委ね様子を眺める。
絡まり伸びるのは黒い茨のはずなのに、不思議と恐怖はない。
彼女の全身を守るように茨が絡まり、動きを止めたのを感じると同時に、茨の中から囁くように、優しい声がラーラマリーに言った。
《泣かないで、ラーラマリー。君にできる事はあるよ。大丈夫。私が、手助けしてあげる》
初めて聞く声。
だが、その声の主として、ラーラマリーは何故か確信を持って、一人の人物を思い浮かべていた。
動く事なく、思い当たるままに、震える声で小さく尋ねる。
「……ネロ様……?」
茨は少しも動いていないのに、「そうだよ」と優しく頷かれたような気がした。




