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第43話 愛

 几帳面な文字が並ぶカイザックの手紙は、本当に簡潔な文面だった。


 ─── ─── ───



 陛下の望みを叶えに行きます。


 コルタヴィア嬢は、身を隠し、ご自身とご家族の安全を第一にお考え下さい。


 守らねばならない存在のあなたを、生贄に差し出してしまった事を、心から謝罪します。


 申し訳ありませんでした。



 ─── ─── ───






 カイザックからの手紙も読み終わり、ラーラマリーとクレトは、眉を寄せ沈黙した。

 父と母も同じように、ジークヴァルトからの手紙を握り締め、黙ったままだ。


 それぞれの手紙と、ラーラマリーとルイスが話す森での出来事を照らし合わせ、皆が全てを、正しく理解した。

 

 花喰い竜とは、何なのか。

 魔物とは、何なのか。

 なぜ、ラーラマリーだったのか。


 寝台で上体を起こしたルイスが、心配そうに四人の様子をじっと見つめる。


 やがて、最初に口を開いたのは、クレトだった。


「……陛下は、花喰い竜の声を聞いている訳ではなく……魔物に……()()()()に取り憑かれているという事ですか」


 絶望で、低く落とされた呟きは震えている。


 誰もその問いには答えない。

 答えるまでもなく、クレトを含め、すでに全員がわかってしまっている。


 ラーラマリーは外套の上から、腰に下げた短剣にそっと触れ、言った。


「……私、行かなくちゃ」


「行くって、どこにだ」


 間髪入れずに、父が聞き返した。


()()()()()()()()()()


 ラーラマリーの強く輝く水色の瞳には、決意が宿っていた。


「カイザック様は、陛下の御命を奪うことで、アドロ様を倒そうとしているわ。でも、わかったの。()()()()()()なの。たぶん……ううん……絶対、()()()()()()()()()()()()()()()


「どういうことですか!?」


 驚くクレトに、ラーラマリーが視線を向ける。

 

「アドロ様は、()()()()()()()です。一度、魔力核である心臓を貫かれて倒されたのに、まだ消えずにいるってことは、霧散して本当に()()()()()()()()()()()()()()をすでに手に入れているってことです。……陛下じゃない。陛下は、魔力を集めるために利用されているだけです。きっとアドロ様は、死ぬことで彼を止められると思っている陛下に、最後にそれが間違いだと告げる事で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、止めなきゃ。早くしないと……手遅れになります」


「あなたは、魔物の……アドロ様の魔力核が何なのか、わかっているのですか?」


「……はい。陛下の残した言葉で、わかりました。結界の中と王国を行き来できるというのが、変だなと思ったんです。結界から出られるのは、せいぜい私達が魔物と呼んでいたほんの少しの黒いモヤ程度です。でもアドロ様は、自由に出入りしている。アドロ様の魔力核は、森と王国……()()()()()()()()()んです。()()()()が、両方に。だから行き来できる。私は()()が何かを知っています。……それは──」


 ()()()()()()()()()()()に、皆が息を飲んだ。


 顔色を悪くした父が言う。


「もし……もしそうだとして、ラーラが行く必要はないだろう。私が──」


「お父様じゃ駄目なの。アドロ様は、森で私に言ったわ。『王国の中では、ジークヴァルトの魔法のせいで手が出せない』って。国を包む、魔物の魔力を排除する魔法陣の中では、ネロ様の血を引く私が(あるじ)なのよ。魔物を寄せ付けない加護がある……()()()()()()()()()()って事だわ。お父様は血を引いていないし、お母様はもう『空の器』じゃないから、どうなるかわからない。一緒に行く方が危ないわ。それに、ルイスはまだ動けない。()()()()、アドロ様を倒せるかもしれないの。それに……」


 ラーラマリーは瞳の熱を一層強くし、家族を見つめる。


「アドロ様の魔力核のことを知ったら……ジークは()()()()()()わ。彼に……ジークに()()()()()()()()()()()()。だから、彼が気付く前に、私が終わらせたいの。ジークを、愛しているから」


 心配で顔を曇らせている父と母に、ラーラマリーは、はっきりと告げた。


 怖い。

 本当は震える程に、叫び出したい程に怖い。

 だがラーラマリーはその気持ちをぐっと飲み込み、短剣を強く握り締め、ジークヴァルトのために戦うことを決めた。


 父と母は、彼女の強い水色の瞳を暫くの間じっと見つめ、ため息を吐いて互いに視線を交わすと、観念したように口を開いた。


「……ラーラ」


 穏やかな父の声に、ラーラマリーは無性に胸が詰まる。

 

 引き止められると思って身構えた彼女に向けられたのは、全く違う言葉だった。


「ラーラ……お前が生まれたのは、鳥達の囀りが美しい、花が庭に咲き誇る春の日だった。……お前の産声を聞いた時、天から祝福を受けたと思った。……お前を初めて抱き上げた時……お前が笑って暮らせるように、頑張ろうと思った。健やかに……人を愛し、愛される子になって欲しくて……王国の古語で『強さ』を意味する『ラーラン』と、『愛』を意味する『マリーナ』という言葉を貰って……ラーラマリーと名付けたんだ」


 そっと腕に手を添えた母の肩を、父が苦しそうに抱き寄せた。


 母が言う。


「あなたが森で助けて貰ったとルイスに聞いてから、ジークヴァルト陛下には、ずっとお礼を言いたかった。彼がいなかったら……私達は、もう永遠にラーラに会えなかったわ。……ねえ、ラーラ……私達が、あなたに一番望んでいることが、何かわかる?」


 優しく問われ、ラーラマリーの目から、ポロと涙が溢れた。


「私達が一番望んでいること。それは、あなたにずっと……()()()()()()()()という事よ。健康でも、病気でも、幸福でも、失敗しても、どんなあなたでも……私達の願いは、『生きていてほしい』……それが一番なの」


 そう言って伸ばされた両親の腕に、ラーラマリーは吸い寄せられるように飛び込んだ。


「ラーラ……ジークヴァルト陛下は……あなたを愛してくれているのね?」


 母の声に、ラーラマリーは「うん」と短く返事をしながら、嗚咽を漏らした。


「彼の隣で、笑っていられそう?」


「……うん」


「それなら……あなたが彼と共にずっと()()()()()()()()なんて……こんなに嬉しいことはないわ」


 母は、グシャリと顔を歪め、泣きながら笑っていた。


「ラーラ……名前の通り……本当に強く育ったわね。……国のことは、あなたが背負わなくていい。あなたはジークヴァルト陛下のために……彼のために、頑張ってらっしゃい」


 返事もできず、こくこくと頷くだけのラーラリーを、父が優しく撫でる。


「……ラーラ……どうしても行くなら、一つだけ約束しなさい」


 涙を溢す父が、真っ直ぐにラーラマリーを見据えた。


「絶対に、帰って来なさい。いいか、絶対にだぞ。……帰ってきたら、父に花嫁姿を見せておくれ」


 再び彼女を抱きしめた両親の温もりが、ラーラマリーを力強く包み込んだ。






 出発の準備を済ませたラーラマリーは、ルイスを抱きしめた。


「ルイス……ちゃんと薬を飲むのよ」


「うん。姉上、ありがとう。……絶対、帰ってきてね」


 互いに視線を交わして頷き合い、別れの挨拶を済ませたラーラマリーに、クレトが言った。


「陛下の残した言葉通りならば、少なからず、私も魔物の影響を受けている筈です。逆に利用される可能性がある以上、あなたと共には行けません。ここでご家族をお守りします。代わりに、これを持って行って下さい」


 差し出されたのは、小指の爪ほどの大きさの、水晶に似た透明の欠片だった。


「これは私の魔力を集め欠片にしたものです。陛下は『魔物はもう気にしなくていい。花喰い竜は近いうちに消滅する』と仰って、森を警備する騎士を全て引き上げさせました。その分、城の周辺を守る人数が増えています。この欠片を持っている間、あなたも隠匿魔法で姿を隠せます。時間がなくこの大きさが限界でしたが……()()()()()まではもつ筈です」


「ありがとうございます」


 ラーラマリーは最後にもう一度、家族の顔を見まわした。


 肺いっぱいに息を吸い込み、グッと口角を上げ、大きな声で言う。


「……それじゃあ、行ってきます!!」


 笑顔で告げてクレトの手から魔力の欠片を受け取り、ラーラマリーの姿が消える。


 パタパタという遠ざかる足音と、扉の閉まる音だけが、彼女の出発を教えてくれた。


 

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