第42話 解き明かされた暗号
クレトから受け取った封筒の中には、少しずつ時間をかけて書き足していったような、ばらばらの筆圧やインクの文字が並ぶ紙と、きっちりと真面目そうな文字が並ぶ紙、二種類の手紙が入っていた。
なぜ文字の濃さや筆速が不揃いなのか、文面に目を通して理由はすぐにわかった。
入っていた手紙のうちの一つは、カイザックが「解読した」と言い残した、暗号文の全容らしかった。
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この暗号に辿り着き、読み解いてくれた君へ
初めまして、になるだろうか。
私の名は、ベルホルト・フォレスティア。
突然、私の苦悩と重い真実を押し付け、君を危険に晒してしまう事に、まず心から謝罪する。
少しでもこの先を読み解く事を躊躇したなら、君には解読をやめる権利がある。
何が起きているかを知った後でも、君がどうするかを選ぶ権利がある。
だが、最後まで読み解いてくれたなら、どうか私の願いを聞いて欲しい。
この国は、王である私ではなく、恐ろしく狡猾で残忍な花喰い竜に支配されている。
私がそれに気付いたのは、前国王の父が亡くなり、王位を引き継いでから、随分と後の事だった。
王になってすぐの私に、影の中から不気味な声が語りかけてきた。
影は自らを花喰い竜だと名乗った。
結界に閉じ込められている筈の花喰い竜は、影になって、王国の中と結界とを行き来できるらしかった。
驚き慄いた私は警戒したが、結界に封印されている竜は、王国の中では殆ど力を持たず、たまに現れては囁きを溢すだけだった。
しかもその言葉は、国王になりたての私を気遣うように、王としての私の苦悩に寄り添い、いつしか会話には冗談すら混ぜ、想像していた竜よりも、奴は遥かに友好的だった。
──花喰い竜は、案外恐ろしくはないのかもしれない。
そう考える程に、私は完全に気を緩ませてしまっていた。
王族には、『王だけが結界を維持し、入る事ができる』という伝承があった。
私は好奇心から結界に触れたが、弾かれ入る事ができなかった。
不安に襲われた私は、王家の血筋を調べ始めた。
その結果、私はおろか、二百年前の戦を境に、王位を継いだ誰もが初代国王のネロ様の血を受け継いでおらず、本当の王──結界を保つ事ができる人間が、もうコルタヴィア伯爵家しか残っていない事に気付いてしまった。
花喰い竜は、私を嘲笑うように言った。
「自分で気付いたのは、お前が初めてだよ、ベルホルト。褒美に良いことを教えてやろう。私は不安や恐怖から生まれる魔力を糧に生きている。この国は、花喰い竜を怖がってくれているだろう? 最高だ。それにお前の魔力は、これまでの王達と比べ物にならない程に多く、昔の私によく似ている。お前が不安になればなる程、私の力が急速に戻っていくんだ。楽しいなぁ、楽しいなあ。私の考えをもっと知って──もっと怖がれ」
私は戦慄した。
国の人々の不安や恐怖が集まる場所──それは、花喰い竜の怒りを鎮めるための祈りの場である神殿だ。
急いで国中の神殿の場所を地図に書き起こした。
その点を繋いで現れたのは、王都から放射線状に伸びる道を邪魔するように重ねられた、王国全てを包む程に大きな、魔力を集める魔法陣だった。
花喰い竜は、国民を餌にして魔力を吸い上げている。
さらに悪い事に、竜は私だけでなく、国中の人々の中にすでに棲み着いていた。
魔力が高い人間ほど、その瞳から色濃く奴の気配を感じた。
私が奴の気配を感じられるのは、魔力が似ていると言っていたのが原因だろう。
奴は言った。
「私は結界を壊したい。私は友に会いたいだけなんだ。ネロの血が無力に死んでいくのをじっくり眺めるのも楽しかったが……せっかくお前のおかげで結界の中でも自由に動ける程になったんだ。なあ、ベルホルト……取引をしよう」
それは最悪の提案だった。
「私は結界のせいで、王国の中では力が出せない。私は可哀想だろう? ラーラマリー・コルタヴィアを、生贄として私へ差し出せ。私を邪魔する王の血を……森の中で逃げ惑うネロの血をこの手で殺したい。従わないなら、国民全員を今すぐ殺す。だが奴らは大切な餌だ。私はそんな酷い事をしたくないなぁ。おや……不安か? 恐ろしいか? 可哀想に、ベルホルト。お前は本当に可哀想だ」
──可哀想。
影が頻繁に囁いていたその言葉は、私に寄り添う言葉でも何でもなく、それは単なる呪いの言葉だった。
知らぬ間に、私は呪いに掛けられていた。
気付いた時には、奴に取り憑かれ、私はもう殆ど私では無くなっていた。
最初から間違っていた。
奴と言葉を交わしてはいけなかった。
奴は言った。
「ネロの血さえ……『空の器』さえ殺せるなら、私はお前達には何もしないと誓おう。結界がなくなれば、お前は偽物の王だと誰にも知られずに済む。私はやっと力を手に入れ、友に会える。国民はのうのうと生きていける。何を悩む事がある? さあ、まずはラーラマリーを早く寄越せ。その後は、弟のルイスが朽ちていく所を、一緒に楽しく鑑賞しようじゃないか」
私に選択肢はなかった。
真実を皆に伝えることは出来なかった。
伝えれば、混乱が不安を生み、不安がさらに奴の糧になる。
影に潜む花喰い竜は、国民全員を人質にとり、王を呪い、国を支配していた。
きっと私だけではない。
恐らく二百年前から……あるいは、もっとさらに昔から、ずっとそうだったのだ。
きっと奴は、国民には何もしないという誓いは守らないだろう。
この暗号を解読してくれた君に、頼みがある。
どうか、私を殺して欲しい。
奴は、力を取り戻すのに、私の魔力が一番重要だと言っていた。
だが、自分では影が邪魔をして死ぬ事ができなかった。
君だけでは無理だと思うなら、近衛騎士隊の隊長カイザック・リーヴァを頼って欲しい。
彼は健康に生きているのが奇跡だという程に魔力が少なく、その身に奴の気配を全く感じない。
きっと君の力になってくれる。
どうか頼む。
私を──私に取り憑いている、花喰い竜を殺して欲しい。
君に会える事を、心から願っている。
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