表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/53

第36話 あるべき場所

「そんな……ジーク……私、そんなの知らなくて……」


 静かに涙を流すラーラマリーの髪を、彼女を抱き寄せたままのジークヴァルトが優しく撫でる。


 ──恩知らず。

 ナナレの言った言葉が、何も知らずに、知ろうともせずに生きてきた彼女の心に、重くのしかかった。


「……相手の魔力が竜人ほど多くなければ、人間同士で魔力を感じとることはできない。それに竜人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……だから、俺も含めて……誰もアドロが魔物に変わってしまっていることに気付けなかった。もっと早くに気づく事ができれば……アドロもネロも……苦しむことはなかった」


 耳に響く穏やかな彼の声には、深い悲しみが滲んでいた。

 ジークヴァルトはさらに言った。


「……ラーラマリー。お前のこともそうだ。ネロの血を受け継いでいる事は最初からわかっていたが……俺はお前が『(から)の器』だと気付かなかった。命を保つのにギリギリ問題ないぐらいに……俺の魔力を感じ取れないくらいに、魔力が少ないのだろうとしか……」


「普通はなあ、()()()なんだよ、『空の器』は」


 ソファに座ったままのナナレが、顔を顰めて頬杖をつく。


「だが、てめぇは女のくせに魔力を何も持ってねぇ。ネロと()()()が無理やり血で契約を結んだせいで、『空の器』の体質まで受け継がれちまってるんだ。俺の魔力が中を通った時わかったが、てめぇは()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから男の『空の器』みてぇにすぐには魔力不足で弱らねぇ。大気に魔力が充分ある場所で、普通に食って普通に生きてりゃ、わざわざ()()()()()調()()()()()()()()()、誰も気付かねえ」


「気付かなかっただけで、ネロの二人の娘も……血を引く者は全員が『空の器』だったはずだ」


 ジークヴァルトにそう言われ、ラーラマリーは困惑した。

 

 突然、自分の血にそんな秘密があったと言われても、全てをすんなりとは受け入れられない。

 

 ルイスは確かに病気だ。

 王家の血を引く祖父も病弱で、母がまだ幼い頃に亡くなっている。


 だが母も自分もいつも元気で、たまに風邪をひく以外に病を患った事はなかった。

 それに──。

 

「でも、お母様は、()()()()()()()わ。一番簡単な、指先に光を灯す魔法だけなら使えるもの。『練習したらできるようになった』って。器用な人じゃないし、ネロ様のように集めた魔力を自力で変換させているわけじゃない……と思う」


「いつからだ」


「え?」


 口を挟んだナナレにラーラマリーが思わず聞き返すと、苛立ちを隠しもせずガシガシと頭を掻く。


「だから、()()()()魔法が使えるようになったかって聞いてんだよ」


「え、と……確か……私が生まれてからって」


 ナナレは盛大にため息を吐く。


「推測に過ぎねぇが、女は契約に引っ張られて無理矢理に体質を継いでいるだけだ。子を産むとそれが変わって『空の器』じゃなくなるんだろう。それで余計に見つからなかったんだろうよ」


 疑問にはどんどんと答えが見つかり、逃げ道を塞がれていく。


 ラーラマリーは顔を青ざめさせ、不安に眉を寄せて縋るようにジークヴァルトを見つめた。


「じゃあ、ルイスは……? ルイスは……弟は病気なの。……大きくなるにつれてどんどん体調が悪くなって……今じゃ回復魔法を掛けてすぐ以外は、殆ど起き上がることもできないの」


「弟は……恐らく『空の器』で間違いないだろう。リュスタールの花は食べていないのか? 以前、ラーラマリーはあの花を毒草と勘違いしていただろう」


 ジークヴァルトに優しく尋ねられ、水色の瞳が焦りで揺れてしまう。


「食べていないわ。リュスタールは、()()()()に、()()()()()()()()()()()()()だって研究が発表されたの。……もう誰も食べてない。もしかして、ルイスはもう回復魔法でも助からないの? ネロ様みたいに常に魔法を掛け続けていないと、死ぬしかないってこと?」


 顔色を悪くするラーラマリーを、ジークヴァルトが宥めるようにそっと撫でる。


「いや、魔力が足りないだけだから、今からでも、リュスタールの花を食べさえすれば生きられる。咀嚼する力がないなら、煎じて薬湯にしてもいい。それで普通に暮らせるようになる」


「でも」


 ラーラマリーは一瞬、言葉を詰まらせた。


 グシャリと顔を歪め、涙が溢れる瞳でジークヴァルトを見る。


「でも、それを伝えに行く方法がないわ。私は花喰い竜に──()()()()()()()()、生贄としてここに来たのよ。森から出てもいいの? ルイスを……助けに戻ってもいいの?」


 ぼろ、と涙をこぼすラーラマリーの言葉に、ジークヴァルトは眉間の皺を深くし固まった。


「俺に……? 昨日も思ったが、生贄とはどういうことだ? そもそも、ラーラマリーは何故ここへ来たんだ」


 心から困惑を浮かべている彼を見て、ラーラマリーも同じく戸惑う。


「突然、お城に呼び出されて……言われたの。『お告げがあった。花喰い竜がお前を生贄に差し出せと言っているから、森へ行け』って。……私はどうしても家に帰りたかったし、生贄になんてなりたくなかった。竜を殺して……永遠の命が手に入る心臓があれば、ルイスの病気を治せるし、結界からも出られると思ったの。まさか……ジークの事だったなんて、夢にも思ってなかった」


 ラーラマリーの説明を聞いて、ジークヴァルトは眉を下げ、悲しげな瞳で薄らと笑った。


「そうか……。ラーラマリーは……()()()()()俺の心臓が欲しかったんだな」


 苦しげな微笑みは、彼が再びラーラマリーを強く抱きしめ、彼女の首筋に鼻を埋めたせいですぐに見えなくなった。


「ジーク……?」


 掻き抱くように力を込められ、ラーラマリーは思わず名前を呼ぶ。


 ジークヴァルトはその抱擁の意味は答えず、彼女を抱きしめたまま、はっきりと言った。


「ラーラマリー、森から出て──家に帰れ」


「……え?」


 突然の言葉にジークヴァルトの方を向うとしたが、「見るな」とでも言うようにきつく抱かれているせいで、身動きが取れず彼の顔が見えない。


 そのままの状態で、ジークヴァルトの僅かにくぐもった声が耳に届いた。


「俺はお前を呼んでいない。お告げなんてものも出していない。だから……ラーラマリーがここに留まる必要はない。結界は、俺が許可すればすぐにでも出られる。お前は弟を救いに……すぐに帰れ」


 ラーラマリーは驚きに目を丸くした。


「いいの……? ここを出ても……」


「──ああ」


「本当に……ジークが呼んだ訳じゃないの?」


「そうだ」

 

「森を出ても……悪いことは起こらない……?」


「ああ……何も」


 思わぬ希望が見え、ラーラマリーの声が自然と明るくなる。


(ジークの心臓を奪わなくても……ルイスを助けられるんだ……!! それに、森を出たら、ジークの事をみんなに教えなくちゃ。森にいるのは、恐ろしい竜でも、魔物を従える存在でもないって……!! 生贄なんて必要ないって!! そうしたら、また森に戻ろう。それで、ジークと──)


 一気に全てが解決したような気持ちになり、ラーラマリーの胸の中に喜びが広がった。

 そのせいで、反対にジークヴァルトの声が、僅かに苦しげに強張っていることに、気付く事ができなかった。

 

 無言のまま彼女を抱きしめるジークヴァルトを、苦虫を噛み潰したような顔で一瞥し、ナナレが言った。

 

「……『お告げ』なんてのはな、最初に言い出した奴に一番都合よく出来てるんだよ。一体誰の言うことを聞かされてんだか。まあ、この森は魔力が薄いし、どうやって生き残っていたのか、まだアドロが森にいる。だからてめぇは一刻も早く森を出ろ。俺達はあいつの()()()()()()()()()()()()()し、てめぇは邪魔だ。あいつは、『空の器』──てめぇを狙ってるらしいからな。おおかた、ネロの代わりに殺してやりてぇってところだろうな」


 その言葉で、ラーラマリーの浮上した心は恐怖に引き戻された。

 自分の中に入ってきた、あの暗く冷たい闇を思い出し、鳥肌が立つ。


「私を……」


 思わずか細い声が漏れると、体を離したジークヴァルトがラーラマリーを見つめてにこりと笑った。


「心配しなくていい。森を出るまでは俺が守るし、結界の外までは追って来られない。大丈夫だ。──ちゃんと家に帰れる」


 いつも通りの優しい笑顔。


 だがラーラマリーは何故か、その細められた金の瞳を見て、胸が張り裂けそうな程の苦しさを感じた。

 

「……もっと早くに、事情を聞いてやるべきだったな。俺をただの人間だと思っているラーラマリーと過ごすのが楽しくて……本当の事を話すのがどんどん先延ばしになってしまった。一人で辛い思いをさせて……すまなかった」


 帰れる事も、ルイスの病気の治し方も分かり嬉しいはずなのに、その優しい瞳と、頭を撫でる温もりに言葉が詰まって、上手く返事ができない。


 森を出るのは、三日後に決まった。

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ