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第35話 約束

「……俺のせいだ」


 頬に涙を伝わせたまま、ジークヴァルトは立ち上がりふらりとネロの側へ歩み寄る。


 その呟きを拾ったネロは、血を吐き倒れつつも剣を握りしめ、朦朧としながらジークヴァルトを見つめた。


「ジークヴァルト……ぐ……ぅ……お前のせいじゃ、ない」


 友が振り絞る擁護の言葉は、ジークヴァルトには全く意味をなさなかった。


「いいや……俺のせいだ。俺さえいなければ……お前達兄弟は、決して……こんな結末を迎える事はなかった……」

 

 ネロの前に片膝をつくと、金の瞳に彼を映したまま、彼の握り締めるアドロの剣に手を伸ばし、その刃に自身の手を押し当て、親指の付け根を深く抉るように下から上へ向かって滑らせる。


 ジークヴァルトの手のひらから、ぼたぼたと大量の血が流れ始めた。


「何……を……!」


 起き上がる事もできずネロが苦悶の表情で問えば、ジークヴァルトは血が溢れるその手を友の口元を塞ぐように押し付けた。


「ぐ……ごほっ……」


 喉奥に血が流れ込み、思わず咽せる。

 

 涙を流したまま表情をなくしたジークヴァルトは、ネロが血を飲み込み、その喉が上下に動いたのを見届けると、彼の口元から手を離し、冷たい石畳にこぼれ落ちていたネロの血に己の手のひらの傷を重ねた。


「──ネロ、お前と()()()()()


 そう呟いたジークヴァルトは、二人の血を混ぜ合わせるように傷を強く石畳に擦りつけ、そのまま素早く手に付く赤い血で()()()()を描き出す。


「本当は魔力で結ぶ契約だが……お前は『空の器』だ。どれだけ効力があるかはわからないが、代わりに()()()()()()()


「けいや、く……?」


 ジークヴァルトが何を言っているのかわからない。

 ネロは顔を歪め友の瞳をじっと見据えたが、その金の瞳には、後悔と悲しみが映るだけだった。 


「──ネロ。俺はお前を(あるじ)とし、()()()()を結ぶ。お前を()とし、お前の()()()()()()、お前の大切な人々を()()守ると誓う。もう二度と、お前達の前に()()()()()()()。安心してくれ……もう同じ悲劇は起こらない。俺が集めて、全部消してやる。──()()だ」


 ジークヴァルトはグシャリと顔を歪ませ、無理矢理笑って見せると、血で濡れた魔法陣に一気に魔力を流し込んだ。


 金の瞳を持ち、誰よりも強大な魔力を持つ、最強の竜人──ジークヴァルト・フォレスタ。


 誰もが畏怖し、崇拝する程の強さを誇る彼だったが、優しいジークヴァルトが一番得意な魔法は、攻撃魔法ではない。

 彼が最も得意とする魔法──それは、仲間を守るための()()()()()だった。


 触れている魔法陣から、徐々に柔らかな光が溢れ始め、そこから吹く温かな風が、ジークヴァルトの赤い髪を巻き上げ靡かせる。


 ジークヴァルトが何をしようとしているのかを感じ取ったネロは、張り付く喉で必死に叫んだ。


「や、めろ! ジークヴァルト……! お前のせいじゃない! お前が背負う必要なんてない……!!」


 血を吐きながら倒れたままのネロに、ジークヴァルトは眉を下げ笑った。








「お前達兄弟と、友達になれてよかった。……許してくれ」









「──やめろ!!!!」


 ネロの叫びは、突如吹いた突風によってかき消された。


 ジークヴァルトの言葉が終わると同時に、魔法陣から物凄い速さで淡く輝く光が放射状に広がり走り抜け、あたり一面全てが彼の魔力に包まれる。


 広がった魔力は周囲の村や山々、川や林を走り抜け、目の届く空の全てが真昼のような明るさになり、ネロはその眩しさに思わず目を閉じた。


 光が消え再びその目を開けた時、ジークヴァルトの魔力はキラキラと夜に舞い降りるリュスタールの花びらのように白銀の粉を降らせ、山々や集落に光の道を描き出していた。


 地上にいる人々は、誰一人その広大な魔法の全貌を見る事はできなかっただろう。

 光の道が描き出していたのは、ジークヴァルトの()()()()()()()()()()()、まるで()()()()()()()()()()をした、放射状の線が中心である二人がいる塔から伸びる、国一つ分は入るであろう、大きな、それは大きな輝く魔力の円だった。


「……あの森が見えるか?」


 ジークヴァルトが示した竜の森には、オーロラが降り注ぐような柔らかな光のカーテンが、森と人とを分けるように垂れ、ゆっくりと揺らめいていた。


「これからこの地で溢れた人の魔力は、俺の魔法陣に染み込み伝って、全てあの結界の中に集まる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もう二度と、魔物は現れない。ただずっと平和に……笑って過ごしてくれれば、それでいい」


「なんでだ……なんでお前一人が……!!」


 ネロは出せる限りの力を全て振り絞り、剣を支えにガクガクと震えながらも、死に物狂いで立ち上がり吠える。


 だが二人がそれ以上言葉を交わす前に、甲高い叫び声が上がった。


「きゃあああああああーーー!!」


 見ると、屋上から下へ降りるための扉の奥には、何事かと騒ぎを聞きつけ、光の中心を見定めようと駆けつけた人々が、恐怖の表情を浮かべ立ち竦んでいた。


「は……花喰い竜だ……」

「花喰い竜がいる!!」

「ネロ様を殺そうとしている!!」


 ジークヴァルトを直視した人々は、凍りつき、進むことも退がることもできず口々に騒ぎ始めた。


「やめろ!! ジークヴァルトは……私を助けてくれただけだ!!」


 ネロは必死で人々に叫んだが、恐怖に支配されたその耳に声は届かない。


「見ろ! あれはアドロ様の服だ!!」

「アドロ様はどこだ!?」

「まさか花喰い竜に食われたのか……!?」


 広がり続けるざわめきに、千切れそうな胸を抑え、ネロは慟哭した。

 

「違う……やめろ……もう、やめてくれ……!!」


 崩れ落ちそうなネロを見る事もなく、ジークヴァルトはバサリと魔力で大きな翼を作り出すと、血の気の引いた硬い表情のまま、怯える人々を見据え大声で言った。


「アドロは()()()()()()()魔物にした!! お前達もそうなりたくなければ、二度と森には近づくな!!」


 ジークヴァルトはそれだけ言い残すと、翼を広げ、ネロに背を向けて空へと飛び立つ。


「ジークヴァルト!!!!」


 ネロの叫び声が何度も闇夜に響いたが、花喰い竜がその声に振り返る事は、一度もなかった。







 森に辿り着き、ジークヴァルトは城の奥、リュスタールの花畑にどさりと倒れ込んだ。


 国一つ分を覆う程の魔力を使い、森には黒い魔力を集め閉じ込める結界を張った。

 自然から漏れ出る魔力が魔物の餌にならないよう、重複で別の魔法も掛けている。


 さらには、本来魔力を交換して結ぶ契約魔法を、媒体を血に変換して無理矢理結んだせいで、ジークヴァルトは限界を迎えていた。


(血の契約が体に()()()のに……三十……いや、四十年程か……?)


 薄れ行く意識の中で、ジークヴァルトは最後だとばかりに、自身に強固な守護の魔法を掛け目を閉じた。


(もう疲れた……。すまない、ネロ……アドロ……。少しだけ、眠らせてくれ。目が覚めたら……必ず()()を……守るか、ら……)


 夜風に揺れるリュスタールの花に埋もれ、ジークヴァルトは長い長い眠りについた。








 再びジークヴァルトが花畑で目を開けた時、最初に目に飛び込んできたのは、青空と、自分の横に不機嫌な顔で森を眺め座っているナナレだった。


 ジークヴァルトが起きた事に気付いたナナレは、視線を向ける事なく眼下の森を見つめたまま言った。


「おい、満足か? 俺の森をこんな最悪の場所に変えやがって」


 ジークヴァルトはゆっくりと体を起こし、ナナレの視線の先を見る。

 

 緑が豊かだった森は結界の効果で人間から溢れた魔力が溜まり、その木々の頭を僅かに残して、一面が黒い魔力の海に沈んでいた。


「すまない……」


 神妙な顔で呟くジークヴァルトに、ナナレが舌打ちした。


「くそ。謝るくらいならやるなよ。魔力核と融合しそうなやつだけは、しょうがねぇから俺が破壊しといてやった。後の掃除はお前がやれ」


「助かるよ。……俺は……どれくらい眠っていた?」


「……()()()だ。その間、何度もネロっていう人間がやって来たが、テメェは寝てるし、ゲロみてぇな魔力は森に溢れてるしで、追い返したぞ。てめぇが起きるのが遅いから、十年前にそいつは()()()。これはそいつの息子が持って来た」


 ナナレはそう言うと、広い袖の中から一通の手紙と、小さな袋を取り出し、ジークヴァルトへ投げて寄越した。


 震える手で、静かに手紙を開き目を通す。


 そこには、流れるような柔らかなネロの字でこう書かれていた。




 ──── ──── ────



 親愛なる私の人生最高の友、ジークヴァルトへ





 君に直接謝る事もできず、君を置いてこの世を去る私を、どうか許してほしい。


 あの後、私は三人の子に恵まれ、君の守る地で国を作った。

 国の名前は、偉大なる君の名を貰い受け、フォレスティア王国と名付けたよ。

 私はジークヴァルト王国でもいいと思ったんだけど、それは君が恥ずかしがるだろうと思って、流石にやめておいた。


 娘は違うが、息子は『空の器』だった。

 息子はもちろん、人々にはリュスタールの花を食べるように広めてある。

 君の負担が、少しでも減ってくれればいいんだが……。


 結界に、私と、私の血を引く子供たちだけが入ることができるとわかった時、私は本当に嬉しくて泣いた。


 君の友人ナナレには、魔力の掃除が終わるまで来るなと言われたが、いつか君にまた会える日が来ると思い、それを支えに人々を守ることを決めたんだよ。


 私は残念な事に、君にもう会えそうにないから、もし私の家族が森へ遊びに行っても良くなったなら、どうか彼らを受け入れ、友達になってほしい。

 一年に一度、私達が出会ったあの春の日に、君を訪ねてみるように伝えてあるから。


 私の代わりに、いつかきっと、私の家族が、君の救いになる事を祈っている。


 君に出会えて、本当によかった。


 ありがとう。




 

 君の友 ネロ・フォレスティア



 ──── ──── ────




 読み終わったジークヴァルトは、泣いていた。

 

 小さな袋に入っていたのは、水色の細い紐で結ばれた、一房の淡い琥珀色の髪だった。


「……弔いのための木は植えといてやったから、早く埋めてやれ」


 吐き捨てるように言い、ふいと視線を逸らしたナナレに、ジークヴァルトは涙を拭う事もせず静かに笑った。






 木々や土にも染み込み、森に溢れていた魔力を全て浄化するのに、それから約百年がかかった。


 最初のうちはネロの手紙に書かれていたように、彼の血を継ぐ家族達が森を訪れていたが、危険だから来るなと何度もナナレが追い払い続け、次第に、その頻度は減っていった。


 森に入れてもらえない彼らは、森の前で竜に祈りを捧げるようになり、さらに時が経つと、国の中に神殿を建てそこで祈り、森には来なくなった。


 建国から二百年が過ぎると、徐々にネロの血が減っていく気配を感じてはいたが、長い年月が経てばそれも仕方のない事だろうと、寂しさを抱きながら、それでもジークヴァルトは森に溢れる魔物を狩り続けた。


 血が減るにつれ結界の力が弱まり、僅かに黒い魔力は王国に漏れ出し始めた。


 心配で時折、森の端に立ち外の様子を眺めたが、結界越しに偶然ジークヴァルトの姿を見た人間達が怯える顔をみて、次第にそれもしなくなった。


 何度か人間が結界を無理矢理通り抜ける気配を感じ、もしや、と思い駆けつけても、それはネロの血を引く者でも『空の器』でもなく、恐怖の滲む視線を向けられるだけで、ジークヴァルトは毎回酷く落胆した。


 森に入った人間達の記憶はナナレが消し、再び森の外へと追いやった。


 そうして建国から四百年が過ぎた。


 久方ぶりに結界を通った懐かしい血の気配に、ジークヴァルトの心は騒いだ。


(また傷つくだけかもしれない)


 そう思いながらも、どうしても様子を確かめずにはいられなかったジークヴァルトが出会った娘──それが、ラーラマリーだった。

 


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