第23話 心臓と永遠
「それで、いかがですか?」
日が差し込むジークヴァルトの執務室。
気付けばすぐに鼻歌を歌っている、ご機嫌な主人が目を通し終えた書類を転送魔法で竜人国へ送りながら、ニマリと笑みを浮かべキースは尋ねた。
ジークヴァルトが春にラーラマリーを城に連れてきてから約八ヶ月が過ぎ、彼女に愛を告げてからでは一ヶ月程が経とうとしている。
執務机で調子が良さそうにすいすいとペンを走らせているジークヴァルトに聞くまでもなく、二人の関係が良好であり、はっきりと言葉で返事をされてはいないが、従者の贔屓目から見ても、ラーラマリーがジークヴァルトに好意を寄せていることは明白だった。
だが、分かってはいても、幸せそうな主人を見ていると、二人の心境や進捗を敢えて確認せずにはいられない。
寧ろ、聞いて欲しいとさえ思っている主人のために、キースはわざと話を差し向けた。
それをジークヴァルトもわかっているのだろう。
仕事に関係のない唐突な雑談を咎めもせず、はたとペンをとめ、喜びを溢れさせんばかりに笑みを深めると、夢心地のため息と共に頬杖を付いた。
「人生で一番楽しい」
ジークヴァルトの答えに、キースも同様に笑みを深め、頷いた。
「そうでしょうね。ペンの進みが全く違いますし、彼女が城に来てから一度も仕事中に脱走していません」
「休憩する暇があるなら、ラーラマリーと遊びたいからな。なあ、キース。どう思う? 彼女は、俺の事を好きだと思うか?」
質問の形になってはいるが、その言葉に不安は全く乗せられていない。
ただ同意して欲しいだけの惚気だとわかり、キースは微笑んで主人の意向に従い返事をした。
「それはご自身が一番よくお分かりでしょう。彼女も、ずいぶん変わりましたから」
ジークヴァルトの告白から、二人の距離は急速に近づき、甘さを帯びている。
毎日毎日、ジークヴァルトから熱を帯びた瞳で愛を囁かれ、花を贈られ、手ずから菓子を食べさせられ、髪に口付けを贈られ続けたラーラマリーは、始めこそ戸惑いや恥ずかしさが全面に出ていたが、一月もそれを繰り返したおかげで、今では少し眉を下げ顔を赤くしながらも、大人しく主人の熱烈な愛を受け入れている。
感情が溢れすぎ、思わずジークヴァルトが彼女を抱きしめれば、ラーラマリーもおずおずとその両手を彼の背に回し、抱きしめ返すようになっていた。
「はあ……ラーラマリーは、何故あんなに可愛いんだ? 笑っていても怒っていても可愛いなんて反則だろう。さっきまで共にいたのに、少し離れただけでもう会いたい。会って抱きしめたい」
うっとりとした表情で、恥ずかしげもなく思った事をそのまま口にしていくジークヴァルトに、キースは喜びを滲ませた。
「ジークヴァルト様。そのご様子だと……彼女をお選びになった、と。そう思って良いのですよね?」
「キース。俺はその言い方は好きじゃない。俺が選ぶんじゃない。俺が、彼女に選んで貰うんだ」
真剣な眼差しで指摘されたが、キースの考えは変わらなかった。
優しい主人がどう思っていようと、ジークヴァルトは選ぶ側だ。
圧倒的な魔力、途方もなく長い寿命──金竜という稀有な存在であるジークヴァルトはもはや神に近く、皆のために孤独を選び誰も寄せ付けない彼が、自ら誰かに側にいる事を願うなら、その者は神に選ばれたも同然ではないか。
さらに重要なのは、ラーラマリーが友人や臣下としてではなく、一人の愛する女性としてジークヴァルトに望まれているという点だった。
「今までジークヴァルト様は、どの竜人を薦められても、伴侶にする事を承知しなかったと伺っています。ですがラーラマリー様には……心臓をお与えになろうとお考えなんですよね?」
「ああ。俺に怯えている者と愛を誓う事なんて、できるはずがない。だから今までは誰かを伴侶になどと考えた事もなかった。だが彼女は……ラーラマリーは違う。俺を恐れない。金竜かどうかではなく、俺自身を見ている。俺は彼女がいい。ラーラマリーが俺を選んでくれるなら、彼女に心臓を渡すつもりだ」
ジークヴァルトはキースに視線を向けているが、その瞳は従者である彼ではなく、心にいるラーラマリーを見ていた。
「もう、お心は決まってらっしゃるのですね。本当に喜ばしい事です」
キースは満面の笑みで続けた。
「最初、彼女が『花喰い竜を殺す』と言ったと聞いた時は心底驚きましたが……フォレスティア王国では、ネロ様のお言葉が形を変えて残っているのでしょうね。まさか彼女も、永遠を得る方法が、ジークヴァルト様のお心を奪って、金竜の心臓──魔力核を分けられ、伴侶として長い寿命を共にする事だとは思ってもいないでしょう」
そう言われ、懐かしい友人との会話を思い出しながら、ジークヴァルトは目を細めた。
「俺の寿命は、人間からすれば永遠にも思える程、途方もないものだからな。ネロが結婚すると言いに来た時、奴に『お前は結婚しないのか』と聞かれたから、『長い寿命を共にしてもいいと思う相手がいればな』と説明したのが始まりだった。酒を飲むたびに面白そうに言っていたよ。『ジークヴァルトの──花喰い竜の心を奪えば、永遠の命が手に入るんだな』と」
竜人の心臓は魔力の結晶──魔力核だ。
魔力量によって寿命が大きく異なる竜人は、伴侶と長く添い遂げるために、特別な魔法を持っている。
一生のうち一度きり、伴侶にと強く望んだ相手にしか使えない、特別な魔法。
寿命が長い方の竜が、短い方の竜へ、自分の心臓である魔力核の一部を切り離して与え、魔力を共有する事で寿命を揃える婚儀の魔法だった。
──花喰い竜の心臓を奪えば、永遠の命が手に入る。
──竜の心臓を食べれば、永遠が手に入る。
それは、魔法の話を聞いた初代国王ネロの冗談めかして口にした言葉が、四百年という人間には長すぎる時間の中で真意を見失い、音の響きだけを残した、謂わば抜け殻に過ぎなかった。
ジークヴァルトは、幸せそうに笑みを深めて言う。
「彼女と遊ぶのが楽し過ぎて、花喰い竜が俺だと伝えるのを先延ばしにしてしまっていたが……彼女はきっと受け入れてくれる。ラーラマリーは、永遠の命を手に入れるためにここまで来たんだ。魔力核を渡すと言えば、きっと喜んでくれるはずだ。そうしたら、ずっと共にいられる。彼女とずっと共にいられるんだ」
孤独の終わりに手が届きそうなジークヴァルトは、愛しい人に巡り合った喜びで浮かれていた。
だから忘れていたのだ。
周囲とは違う、長い長い時を生きるというのが、どういう事なのかを。
それがラーラマリーに、どんな影響をもたらすのかという事を。




