序章 柚香の朝
柚香はベッドから頭だけ持ち上げてまわりを見た。
うす青い朝の光の中にぼんやりと浮かぶ見慣れた部屋。窓の外からは小鳥のさえずりが聞える。さわやかな初夏の朝だった。
頭をめぐらせて隣のベッドを見る。
そのベッドは一分の隙もなくきちんとベッドメイクされていた。けれど双子の弟、柚司の姿は見えない。
几帳面なあの子らしい、と柚香は思い、頭を枕につけてふたたびタオルケットにくるまる。
夕べも一睡も出来なかった。
明かりを消してもすこしも眠くならなかったのだ。闇の中で眼だけが冴えて、いろいろなことを思い出してしまう。そして明るくなった今になって、ようやくとろとろと眠くなって来たのだ。
とんとん。
突然のノックの音に柚香はびくっと体を震わせた。ようやく眠れると思ったのに!
「柚香? 起きてる?」
そっとドアが開く。母親の心配そうな顔。
「起きてる」
タオルケットの下からむすっと答える。
「そう。どう、今日は学校に行けそう?」
「だめだと思う」
「どうして」
「やっと眠くなってきたから」
母親はそっとため息をついた。
「そう。わかったわ。無理はしないで」
「うん」
「食事はキッチンに用意しておくから。眼が覚めたら食べてね」
「うん」
「じゃあ、お父さんとお母さんは仕事に行くけど。ひとりで大丈夫ね?」
「たぶん」
母親はまだ何か言いたそうに口ごもった。
「なに」
柚香の短い問いに、母親はおずおずと答えた。
「あのね、柚香、お部屋のことなんだけど」
「なに」
「あのね、いつまでも同じお部屋に柚司のベッドと一緒というのは、ね。あなたも中学生になったのだし」
柚香はベッドから半身を起して叫んだ。
「いいのっ! わたし達は双子なんだから。ふつうのきょうだいじゃないんだから。それにこの部屋はわたしとユウの部屋なの。お父さんが言ったじゃない、ここは二人の部屋だ、仲良く使いなさい、て」
「でもそれはずっと小さい時の」
「変わってない! 変わらないの! わたしとユウは!」
「そう、そうね。そうだったわ。ごめんなさいね」
言葉の最後は涙声になっていた。ドアが閉じるパタンという音。母親を泣かせてしまったことに柚香の胸はズキンと痛んだ。
自分は何をしているのだろう。
学校にも行けず、母親を悲しませて。
柚香はふたたびベッドの中に潜りこみ、右手の親指の付け根を強く噛んだ。そうしないと叫び声を上げてしまいそうだった。
タオルケットから顔を出して隣のベッドを見た。
(ユウ)
(先に行ったんだよね)
(でもいい。許してあげる)
(一緒だものね、離れていても)
(あなたはわたし。わたしはあなた)
そして柚香は小さくつぶやいた。
「ユウさえいれば、わたしはそれでいいの」




