おそらく誰かの共感を得られると思う、投稿小説を読んでいて気になる設定~ただの重箱の隅をつついたような疑問だよ~
おそらく共感を得られると思う、口語体の話し
今回は誰かの共感を得られにくい、完全個人的な意見と感想である。遠い記憶にあるあの犬はチャウチャウだったのだろうか。
最近特に気になりだした、よく見るしよく聞くし今や普通になった言葉の話し。
~しちゃう。
なにかというと、普段でもよく使われている「する」の変化形である。
日本一有名な代表例(異論は認める)は柳原可奈子さんの「あ、お客様。それ気になっちゃいましたぁ?」のあれである。
テレビでもネットで無料投稿小説でも普段の会話でも、どこでも使われている。違和感を持つ人の方が少ないだろう。
この「~しちゃう」が使われだしたのはたぶんここ20~30年以内だと思われる。ここは何のソースも根拠も用意せず記憶のみで書いているため、間違いはあると思う。
当時この「~しちゃう」を聞いて意識したのは、母と一緒に見ていたテレビの街頭インタビューだった。
インタビューされていた若い男の子が「~しちゃって…」と話しているのを見て、母が「最近若い子の、何々しちゃってって言うの、よく聞くようになったよなぁ」と言っていたことを強烈に覚えている。
それを聞いて当時の私は「確かに。可愛い子ぶったけったいな語尾が出てきたな」と思った。一族代々関西出身の私は完全な関西弁話者であり、可愛い子ぶったもって回った言い方を毛嫌いする傾向にある。
すべての関西弁話者がそうではない。これは完全に個人の意見と偏見と主観に基づいた話しであるので、そこだけは注意されたし。
数十年前に登場したこの「する」の可愛い子ぶった変化形(相当な偏見)は徐々に市民権を得て、今や普通に使う言葉として定着したのである。ただし、関西以外で。
関西ではこの「しちゃう」「しちゃった」などは特別に強調したわざとらしい言い方をしたいときに使用することが多いと思われる。それぐらい普段使いでは聞かない。私の周りだけかもしれないが…。
だって関西弁なら「しちゃう」は普通に「する」やし、「しちゃった」は「してもうた」か「した」か他の言い方になる。
そもそも関西弁で「ちゃう」は否定形の「違います」になるので使いづらいのだろう。それこそかの有名な関西弁ネタ代表の「ちゃうちゃうやん。えー?ちゃうちゃうちゃうんちゃう?うん、ちゃうちゃうちゃうね」のアレである。これぐらい関西で「ちゃう」は否定形なのである。
あとは疑問形か。「~ではないですか?」も「~ちゃう?」となる。この否定形と疑問形をフルで活用したのが、上記のアレである。
しかし時代の流れと共にごりっごりの関西弁話者である私も、身近で使われず聞かずとも、テレビや漫画、ラノベなどで見聞きし続けてきたらさすがに受け入れて慣れるってものである。
ぐだぐだと前置きが長くなったが、実はここからが本題。
特になんとも思ってなかったこの「~しちゃう」だが、最近妙に気になる。
投稿小説の大多数を占める一人称形式の文章だが、現代人がモデルとなっているなら100%と言っていいほど、一度は使っているのではなかろうか。
一人称視点の小説なら語り口調で物語が進むため、文章は自然と口語体となる。
別にそれは構わないし、なんら問題にもならない。一人称だろうが口語体だろうが名作はあるし、しっかりと面白い作品も多い。実際私も一人称で進む小説で、好きな物語なんて山ほどある。
最近、ある一人称の小説を読んだときにこの「~しちゃう」「~しちゃった」が1スクロール事に出てくる物語に出会った。
一度目に読んだときはそれほど気にならなかったのだが、二度、三度と読み返したときに異様に鼻につくようになった。
その物語の主人公は男性で、物腰が柔らかい人物とされていた。もうぶっちゃけていうが、女性→男性のTS転生物だ。これを読んでいるなろうが実家みたいな諸君らなら、かつての同級生より馴染み深くて見慣れたヤツであろう。
んで、その物腰柔らかなイケメン(かつて女、今男)がこの「~しちゃう」「~しちゃった」「~しちゃって」を延々と使うのだ。セリフの中でも、モノローグでも、こんなとこにいるはずもないのに、てなぐらいに使ってくるのだ。こっちはマジで探したくねぇんだわ。
たぶんおそらく、一度目に読んだときから違和感はあったのだと思う。ただ先の分からない展開を追うことに夢中でそれどころじゃなかったのだろう。回数をこなすうちに細かいところに目が届いて、今ココってやつ。
きっと私はアレルギーを起こしたのだろうな。そうに違いない。でなければ、あんなに面白い!と思って読みふけったあの物語をそっ閉じするなんてありえない。
そしてアレルギーを治療する方法は、アレルゲンを遠ざけることが第一とされている。
つまり私はあの物語とさよならバイバイを決めなければいけないのだ。だってもうアレルギー反応がひどくて読めないんだもん。
私のアレルゲンと化した「~しちゃう」はきっとあの物語を書いた書き手さんの癖なのだろう。普段から多用して会話しているか、あまり馴染みのない「柔らかな物腰の男性人物像」の「口調はこう!」というイメージなのかもしれない。またはなんとなく使って、それが無意識のうちに癖づいたのか。どっちにしろ個人的に迷惑極まりない。
書き手の癖ってのは誰にでもある。その癖が昇華されれば作風となって、作家の特徴となる。今この3000字足らずの短文にも書き手の癖は出てるのだろう。
そんな誰にでもある癖だが、これが単純な言葉の使い方でなおかつ頻出するのは、ほんっっとうにいただけない。いずれ「その表現、前もつこて(使って)たやん。他の言葉は思いつかんのかいな(笑)」と画面の前で失笑されることになる。そしてそれが過ぎれば「うざ…」と思われてそっ閉じされるのだ。実際になろうでもそう言われてる超長編作品を知っている。
せっかく自らの手で生み出した作品を、そんなしょうもないことで失笑されてそっぽ向かれるなんて誰でも避けたいだろう。
じゃあどうしたらいいのか。答えは簡単だ。何度も読み返して推敲したらいい。これに尽きる。
趣味でカジュアルに投稿してるからそこまでガチ勢じゃないし、それほど時間かけるつもりもないしそんな時間はない、というなら仕方ないかもしれない。所詮は有象無象・玉石混交の無料投稿サイトだから玉ではなく石だなと思われて終わりである。それだけの話しだ。
でも小説を投稿した動機を思い出してほしい。
誰かに自分の作った物語を読んでほしいという衝動が大きかったからこそ、作品を投稿したはずだ。たとえどんな動機であったにせよ、なにかしら感動してもらいたい思いが根底にあるはずだ。
そんな情熱の発露を大切にしてほしい。せっかく面白いと思っていたのに、こんな小さなしょうもないことで玉から石に落とされるなんて、もったいなさすぎる。ちょっと磨けば玉になるのだから、少しだけ手間をかけてほしい。
今回の私のアレルゲンも書き手さんが「なんかこの言葉目立つな?」と引っかかってくれたら、ほんのちいさな気づきさえしてくださっていたら、素晴らしい作品として今でも私は読んでいただろう。本当に残念でならない。
…まぁその作品、エタってんけどな。




