使い込まれたこんぼう
とある小さな町に小さな武器屋がある。
この町の周辺には比較的弱い魔物しか出現しないため、駆け出しの冒険者たちがよく集まる場所だった。
今日もその店に一人前の冒険者を目指す一人の若者が訪れた。
「こんにちは、武器が欲しいんですけど」
「らっしゃい、どんな武器をお望みかな?」
冒険者になりたての、どこか頼りない風貌の若者を出迎えたのは、右目に黒い眼帯をつけた筋骨隆々の中年男。太く逞しい腕は古傷だらけで、かつては戦いの中に身を置いていた事をうかがわせる。
「えっと……安くて、扱いやすいものを下さい」
「それなら、これはどうかね?」
緊張した様子で若者が言うと、いかつい店主がカウンターの下から何かを取り出して見せる。それは木製のこんぼうだった。
トゲが散りばめられており、持ち手の部分はつやつやと光沢を放っている。
「これ、こんぼうですよね? なんだかすごい年季を感じるような……」
よく見るとそのこんぼうには所々に黒ずんだシミのようなものが付着していて、まるで何年も使い続けられているような渋みを感じさせる。
「なあ兄ちゃん。たとえば兄ちゃんはこのこんぼうを買った後、どうするね?」
「どうする……? えっと……魔物と戦います」
店主がうんうんと頷く。
「魔物と戦うと金も貯まっていくだろう。その貯まった金をどう使う?」
「うーん。そのお金で新しい武器を買う……ですかね。それでこのこんぼうは……下取りしてもらう?」
我が意を得たりとばかりに、店主が嬉しそうに笑う。そして手に持ったこんぼうを、見せつけるようにカウンターの上に置いた。
「そうだろうそうだろう。このこんぼうはな……売買を繰り返しながら、数々の冒険者たちの手を渡ってきた歴史ある代物なのさ」
「へぇ……」
持ち手の部分のつやは、この武器を使ってきた冒険者の手汗や脂で摩擦を繰り返した結果なのだろう。
「最初は滑り止めの布が巻いてあったんだがな。いつの間にかそんなもの要らないほどに慣らされちまった。持ってみるかい?」
店主からこんぼうを受け取った若者の手に、その武器は吸い付くようによく馴染んだ。
「わぁ……これを持っていると、なんだか勇気がわいてくるみたいです」
「はっはっは、そうだろう。歴代の使用者達の想いが込められてるからな」
そう言うと、店主は若者に右手の指を二本立てて見せる。
「三……いや、二千エーンだ。兄ちゃんの手でそいつを、再び冒険に連れて行ってやってくれねえか? そして一人前になったら、またここに売りに来てくれよ。その時は新しい武器も買ってくれると嬉しいんだがね」
三千エーンで新品が買える為、若者は迷ったが先人達の手を渡ってきたという部分にロマンを感じて購入を決めた。
「毎度あり!」
支払いを済ませ、何気なく若者がそのこんぼうを軽く振ると、ポキリと持ち手の部分が折れてしまった。
落ちたこんぼうのトゲが、木の床に小さな穴を開ける。
「……えっ」
若者は呆然とした様子で手に残った柄の部分と、床に落ちたこんぼうを交互に見る。
「おっと……どうやらもう限界だったみたいだな」
店主が腕を組み、バツの悪そうな表情を浮かべる。
「あの、これ……」
若者が困り顔で折れたこんぼうを店主に見せるが、店主は静かに首を横に振る。
「……それもう兄ちゃんの物だ。返品は受け付けないぜ」
「そんなひどい……」
「それと、床の修理代五百エーンな」
若者は、もう二度とこの店には足を踏み入れまい、と誓うのであった。
完
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