陸攻隊最後の爆撃
――誘導二五番の夜――
滑走路に並んだ一式陸攻の群れは、夜の闇に溶け込みながらも、機首に灯る淡い誘導灯と爆弾架に吊るされた異様な兵器の影で、どこか妖しく見えた。
胴体の下に抱えた四発の爆弾――改造二五番、赤外線誘導爆弾。
人の背丈を越すほどの鉄の塊に、私たちの最後の希望が詰まっていた。
「本当に、こんなものが敵艦に当たるのかよ」
無線手の秋山がぼやいた。
私は操縦桿を握りながら、爆撃手の石井と目を合わせた。
「当てるしかないんだ。俺たちが当てなきゃ、沖縄は持たない」
自分で言っておきながら、心臓の奥に重く沈む虚しさは隠しようがなかった。
整備兵たちが手を振っている。見慣れた連中だ。
夜の湿気を吸い込み、油で黒くなった顔。
彼らの視線は、期待と諦めがない交ぜになっていた。
誰もが知っていた。この出撃が「帰らぬもの」だということを。
轟音を上げて滑走路を離れる。
100機近い陸攻が次々と闇に吸い込まれていく。
今夜の出撃、全機が誘導二五番を抱えている。
前代未聞の作戦だった。
◇
高度八千。
窓の外には、雲の切れ間から星々が冷たく瞬いていた。
暗闇に紛れて飛ぶはずが、私たちは鈍重で大きすぎる。
レーダーに捕捉されればひとたまりもない。
敵夜間戦闘機に襲われる恐怖は、誰の胸にもあった。
「目標、沖縄周辺艦隊」
石井が地図に光を落とし、囁く。
我々は三群に分かれて進撃していた。
輸送船団、主力艦隊、そして空母群。
我々の編隊は、その最後――空母を狙う。
機内に静寂が訪れる。
ただエンジンの唸りだけが腹に響いていた。
汗ばむ手を操縦桿に押し付けながら、私は必死に息を整えた。
◇
「敵艦影、確認」
石井の声が震えた。
眼下、闇の海に不自然な灯の集まりがあった。
艦隊だ。空母がいる。
その巨体から放たれる微かな赤外線熱を、我々の爆弾は追うはずだった。
「よし、投下準備」
私の声に応じて、秋山が誘導装置を起動する。
薄い赤の光が、爆弾尾部の小さな窓に灯る。
異様なほど静かな瞬間だった。
「――投下!」
衝撃とともに、爆弾が落ちていく。
鉄の巨体は吸い込まれるように闇へ消えた。
そして、海面近くで唐突に軌道を変える。
――敵艦を追っている。
「命中しろ……!」
石井が祈るように呟いた。
次の瞬間、闇の海で閃光が走った。
遅れて轟音。
炎が立ち上る。
「当たったぞ! 空母だ!」
秋山が叫ぶ。
視界に次々と火柱が立った。
編隊の仲間たちが一斉に投弾している。
炎は瞬く間に数を増し、海を赤く染めた。
空母の飛行甲板が炎に包まれるのを、我々ははっきり見た。
◇
だが歓喜は一瞬だった。
「敵戦闘機だ!」
無線に悲鳴が混じる。
暗闇から飛び込んできた斜めの光跡。
弾丸が機体をかすめ、金属片が散る。
「くそっ、もう来やがった!」
私は急降下で回避する。
が、鈍重な陸攻ではどうしようもない。
次々と炎を噴いて墜ちていく僚機。
夜空に、火の尾を引く流星が幾筋も落ちていった。
「帰還コースに移れ!」
私は叫ぶ。
だが答えはない。
無線は、悲鳴と断末魔の爆音で満たされていた。
◇
燃料計がじりじりと減っていく。
仲間の影は、もう見えなかった。
ただ私と、機体と、三人の搭乗員だけが、夜の闇に取り残されている。
「……やったんだよな、俺たち」
秋山が、呆然とした声で言った。
「空母に当たった。確かに炎上してた」
石井が答える。
「戦争は、まだ終わらないかもしれん。だが……俺たちの爆弾は確かに届いたんだ」
私は言葉を返せなかった。
操縦桿を握る手は震え、涙がにじむ。
これほどの戦果を挙げても、戦局は覆らない。
それを誰よりも分かっているのは、他ならぬ私たちだった。
◇
沖縄の灯りは遠い。
帰還できるかどうか、もはや分からなかった。
エンジンが不調を訴え、機体は軋み、油の匂いが鼻を刺す。
雲の切れ間から、うっすらと朝の光が差していた。
「……帰りたいな」
秋山の声が、耳に残った。
私はただ、操縦桿を握り続けた。
その先に、朝の海と、炎に沈む艦隊の幻影が見えた。
――そして我々は、夜明けの空に消えた。