マチルダの回想
極悪ホステスの再終話です。
お楽しみいただけると幸いです。
私の仕事はナサニエル様の指示でクラリスをお世話することだった。
親愛なる主人のために、私はこの度ヨアン様と結婚したシャムロック伯爵家のクラリスの世話係になった。
弱弱しい態度のクラリスは見ててイライラして、使用人もウィリアムズ家の皆様もバカにしていたから、私も彼女をバカにし、大した世話もせず、金品を取り上げて笑ってた。
そうしたら天罰が下ったのかもしれない。ある日の朝、あの女は変わっていた。
朝、いつものように洗面器に水を入れて起こすのと、顔を洗うついでに水をぶっかけた。笑いながら。そうしたらあの女はむくりと起き上がり、私の前にポタポタとしずくをこぼしながら、私の顔を思い切りビンタした。
痛くてうずくまった私の脇腹に更に蹴り、お腹にも蹴り、胸にも蹴り。脚にも腕にも。息ができなくなりそうなほど痛くて声が出せなくなったとき、あの女は私の髪をつかんで無理矢理立たせて言った。
「湯を持ってこいバカ女。あとはベッドを新しく変えろ。食事は?早くしなクズ」
そう言ってベッドボードに置いてあった割れた花瓶を手に取ったので、私は殺されると思って、コクコク頷き、シーツを急いではがし、洗濯場に持って行き、適温のお湯を入れた洗面器と朝食を持っていった。
クラリスは私がシーツを整えている間に顔や体を拭い、食事を見てこうつぶやいた。
「はん、ウィリアムズ公爵家ってのは貧乏なのね」
あまりにもバカにした様子の言葉に私はこれをナサニエル様にお伝えするか迷った。言えばクラリスに処罰が下る。
しかし、言えば犯人を捜しだすだろうクラリスはその犯人の私に何をするか分からない。私は震えながら彼女の食事風景を見ていた。
「ーで、マチルダだっけ?私の仕事は何?」
「は?」
「だから、私がここでやっている仕事はなんだって聞いてるのよグズ」
昨日とは打って変わって恐ろしい顔でクラリスが尋ねてきたので、私は怯えつつ答えた。書類整理、事務作業、ナサニエル様の書斎の掃除ーーー...そういうとクラリスは「ハ」とバカにしたように笑った。
「ということはこの部屋に押し込んだ奴はナサニエルね。ちょうどいいわ、うまく利用してやろう」
「あの、」
「なによ?大した仕事も出来ねえクズ女?私が今から悲鳴を上げて下着で逃げまどって『お許しくださいマチルダ様』っつって奥様のところまで逃げてもいいのよ?」
「ーーーっ」
そんなことをされれば優しい奥様はきっとこの女の話を聞いて私はクビになる。だって昨日までうっぷん晴らしに暴力を振るってつけた痕がクラリスの身体に残っているのだから。
クラリスは面白そうに私のことを見ていた。まるでどうやってこの道具を使おうか考えているみたいに。
「お前、今度の舞踏会、私も出たいと言っているとナサニエルに言いなさい」
「え?」
「聞こえなかった?今度の舞踏会に私も出るのよ。結婚して2年も経つのに夫婦そろって舞踏会に出ないんじゃああらぬ噂が立つでしょう?ナサニエルに聞かれたらそう言って。衣装はこっちで準備するともね」
あいつらバカだから鵜呑みにするわ。とくつくつ笑ってさっさと着替えて彼女は仕事へ行ってしまった。
私は仕方なくクラリスに言われたことをそのままナサニエル様に伝えた。そうしたら彼は少し考えてバカにするように笑い、「当日どんなドレスか楽しみだね」と舞踏会への出席を了承した。
クラリスは仕事は真面目にやっていた。そして仕事を終えて部屋に戻ると部屋を確認し、何かあれば私を徹底的に殴って蹴った。たとえば物色した跡があるとか、ドレスが引き裂かれているとか。
私が「ちがいます」というとクラリスは笑って、「知ってるわ。でもお前、止めなかっただろ?その罰だよ」と言って見えるように顔を殴った。
そういうのが続くと使用人の皆が私のボロボロの姿を目撃するようになり、誰がやったかを聞いてきたが、私はクラリスに止められていたために「転びました」としか言えなかった。
察しのいい使用人はクラリスだと思って怒鳴りこみに言ったが、クラリスが大声で悲鳴を上げ、奥様がやってきたときに「か、彼女がわたくしを、」と引き裂かれたドレスを着て、腕からは血を流し、ヒクリヒクリと泣いていて、その使用人はクビになった。
その日の夜、私は初めて殴る蹴る以外の仕置きを受けた。つまりナイフで背中を少しずつ深く刺された。まるで豚の脂肪の厚みを測るかのように。
私は猿ぐつわをされていたので悲鳴も上げれなかった。そして思った。これは天罰だ、と。
今までクラリスをいじめていた天罰だ、と私は思ってその後も彼女の要求に粛々と耐え、従順に言うことを聞いた。
ベッドの下の手紙も見なかったし、誰にも口外しなかった。そんなことをしたらこの女は私を殺すだろうと思ったから。
そして舞踏会の日、彼女は私に背中と脚に痛々しい傷をつけさせ、ぼろぼろのドレスを着て舞踏会へ向かった。
「そ、そのような格好では笑い者に、」
「ええなるわよ。ウィリアムズ公爵家がね」
彼女はグロテスクな笑みを浮かべ、舞踏会へ行った。そしてその翌日には部屋が変わった。
彼女の待遇はあの背中と脚の傷とボロボロのドレス一枚で変わった。
私は恐ろしくなってつき従うしか選択肢はなくなってしまった。
褒美に宝石をもらってもだ。あまりに恐ろしかった。
そうして彼女は家出騒動や舞踏会や王宮パーティーや茶会や王宮での補佐官など、どんどん自分の立場を上げていった。ヨアン様もヘレナ様も公爵様も奥様も彼女の味方だった。使用人も。
皆が彼女を公爵家の若奥様として見ていた。ナサニエル様以外は。
クラリスはナサニエル様に対する態度だけはあまりにひどかった。いつも彼の神経を逆なでしていた。
私はどうしてだろうと考えた。そして知った。エラディアを売って3国で攻めてきたあの日、私が屋敷で捕まったあの日。
オルコット公爵家長女のグロリア様のナサニエル様宛の手紙を見つけたあの日。すべてが分かった。
あの女は最初からエラディア王国を売って自分の地位を確実なものにするつもりでいたのだと。何のためかは知らない。
ただ分かったのは、彼女はシャムロック伯爵家はもちろん、ウィリアムズ公爵家の何もかもが気に入っていなかった。
私は捕らえられ、イーシーア女王国の軍用車に乗せられて揺られ、そしてお屋敷に連れていかれた。
そこには長髪になり、女装をしているヨアン様と軍服を着ているあの女ーーークラリスがいた。
彼女は笑ってこう言った。
「あなたにはまだ私に仕えてもらうわ。そうね、まずは、皿洗いでもしてもらいましょうか?」
私の地獄はまだ続くのだと、私は呆然とした。
お読みいただきありがとうございます。
これで極悪ホステスのお話は終わりです。
皆様ありがとうございました。




