か弱い女を演じること
極悪ホステスの第二話です。
「お帰りなさいませ、早かったですね」
「ええ、お義父様たちに挨拶しただけだから」
クラリスは「あー疲れた」とさっさとパジャマに着替えベッドに横になった。
公爵家次男の妻の部屋としては狭いそこは普段着しかなく、アクセサリーもなにもなかった。
ついでに言えば化粧品もなにもない。
マチルダは「それで、いかがでしたか?」と尋ねた。
「どっちに転ぶかは分からないけど、まあ、うまくいくわよ」
「左様でございますか。ところで怪我の治療は...」
「いらないわ。痕が残った方がいいの」
そう、毒親育ちの私はこれくらいの傷なんて日常茶飯事。慣れている。
さて、明日からもっとひどい扱いになるか、少しはよくなるか。
私はあくびを1つし、「おやすみマチルダ」と言ってさっさと眠りに就いた。
翌朝、いつものように簡素な食事を食べていると部屋にウィリアムズ公爵がやってきたので、クラリスは「おはようございます、お義父様」と礼をし固いパンをもそもそと食べた。
「お前はそんなものを食べているのか?」
「はい、ここに嫁いでからずっとです」
「昨日のあの傷、あれはなんだ?」
「さあ、わたくし愚鈍な嫁でございますので、どこかで転んだのかもしれません。よく覚えておりません」
「ふざけるんじゃない!」
お義父様が私の髪を掴んだので、私は気を失った。
私は子どもの時から親に折檻されていたので髪を掴まれると気を失う癖を持っている。ドサリと椅子から倒れた私は失神から目覚めた後、マチルダにその後を聞いた。
公爵はそれは驚き、「なにがあった?」とマチルダに尋ねたらしい。
マチルダは私が説明したとおりに話し、公爵は困ったように倒れた私を見つめ、そしてマチルダにベッドに寝かせるように言い、去って行ったらしい。
つくづく失礼な男、と食べ損ねた朝食を名残惜しく思いながら、私は仕方なく仕事でもしようかと執務室に入った。すると柔らかい栗色の髪に淡い紫の眼をした執事のチェスターが私を見るなり慌てて「お部屋にお戻りください」と私を部屋から出した。
「なぜ?」
「旦那様が今日はクラリス様を休ませるようにと」
「へえ、」
風邪を引いていようが働かせていたあいつが、と思いつつ「それじゃあ戻りますね」とさっさと戻った。するとチェスターがついてきてこの屋敷で5番目くらいに広くて日当たりのよい部屋に案内した。
「こちらはなんですの?」
「今日からここがクラリス様のお部屋でございます。あと今日の午後に服とアクセサリーを選んでいただきますのでご準備ください。ーーなにかご要望は?」
「朝食を食べ損ねたから何か食べたいですわ」
私はそう言って部屋に入った。黄色と緑を基調にしたロココ調の部屋にまあ悪くはないかと考えた。本当はモダンな部屋が好きなんだけど、この世界にはなさそうだしいいか、と部屋を見た。
あらまあ、この部屋はお風呂がついている。
ということはわざと私に風呂なしの部屋をあてがったのね、と今度はなにをしてやろうかと考えた。
ま、貧乏で親は毒親で折檻されて生傷が絶えなくて風呂にも入れなくて臭いといじめられた学生時代よりはマシだったけど。
おかげで私はこんなに性格の悪い極悪ホステスになりましたとさ。私はくつくつと笑って、とりあえず一人用のソファに腰かけた。
お読みいただきありがとうございます。
次は明日に更新したいと思います。