まずは同情を買うこと
可哀想系ヒロインにお水で鍛えられたホステスが転生したら?というのが浮かんで書いてみた小説です。
楽しんでいただけると幸いです。
「マチルダ、それじゃあやってちょうだい」
「はい、しかし、」
「良いの。早く打って」
私はメイドのマチルダに頼んで、背中を杖で打ってもらった。なかなか痛いが耐えて、ひとしきり打たれた後、鏡で背中を見る。背中は赤く染まっていたり、青黒くなっていた。これでいい、私はフ、と笑った。
舞踏会の日、クローゼットを見てもどこを探しても舞踏会用のドレスも靴も化粧品もなかったから、私は屋根裏に忍び込んで一番ボロいドレスを探し出した。
そしてそれを着て、靴はそのまま、茶色の髪はボサボサ、顔はすっぴんでウィリアムズ公爵家が乗っている馬車の後ろについている自分用の馬車に乗り込んだ。
私をウィリアムズ家次男のヨアンの妻だと認めず、シャムロック伯爵家の女だと思っていてくれて今回ばかりは助かったとニヤリと笑った。
舞踏会に参加しろと言ったことも。
政略結婚ってずさんよね、と笑い、3日絶食したためにこけている頬を指で触って確認し、会場に着くと私は一呼吸した。さて、ホステスの実力を見せてやりますか。
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「ウィリアムズ公爵、ごきげんよう。おや、ヘレナ様は今日もますます美しい」
「ハハ、自慢の娘です」
「アクセサリーも白のドレスもヘレナ様の金髪と可憐なお顔によく似合いますな」
ウィリアムズ公爵が機嫌よく応対し、義娘のヘレナは可憐な顔に似合う白と水色のレースをふんだんに使ったドレスとサファイアのアクセサリーをつけ、謙虚に微笑んでいた。
その様子を見て、長男のナサニエルも次男のヨアンも微笑んでいた。
しばし談笑していた時、ざわりとどよめきがし、皆はそちらを向いた。そして驚いた。
ヨアンの妻のクラリスがボサボサの茶髪に古いドレスを着、よろよろと暗い表情で入ってきた。
アクセサリーはもちろんなく、化粧もせず、よく見ると腕にも見える胸にも痣のようなものがついている。
それまでウィリアムズ公爵へ笑顔で話していた貴族はそそくさとその場を離れ、ざわざわという喧騒の中、ヒソヒソという話し声が聞こえ始めた。
「あれってこの間ヨアン様とご結婚なさったクラリス様?」
「ひどい有様だな」
「見て、あの背中...ひどい怪我だわ」
「もしかしてウィリアムズ公爵家の者が?」
そういった声が聞こえる中、クラリスは義父のウィリアムズ公爵の前に立つと恭しく礼をし、「遅れて申し訳ありませんお義父様」と弱弱しく挨拶をした。
その様もウィリアムズ公爵家の者たちになにかをされていると思わせるような素振りで、クラリスは「それではわたくしは隅の方で待ってございます」と弱弱しく言い、去って行った。
ウィリアムズ公爵家の人間はクラリスの挨拶1つで急に悪役に仕立て上げられて困惑していた。
ヘレナはヨロヨロと隅の方へ向かうクラリスに思わず声をかけた。
「あ、あの、クラリス、ドレスやアクセサリーは...?化粧品も....」
「わたくしはなにも持たずに嫁ぎましたので...小汚い嫁で大変申し訳ございません。ヘレナ様」
その言葉にたしかに私服と靴と少しの私物しか荷物が無かったということを思い出し、夫のヨアンは元より、ウィリアムズ公爵もナサニエルもどうしようかと考えた。
ヘレナ可愛さにクラリスのことをすっかり忘れていた。舞踏会に呼ぶんじゃなかったとは思ったが、ヨアンの妻が出席しないのはおかしい。周りの目にヨアンはハ、と正気に戻り、クラリスの方を追った。
「その格好はなんだ、みっともない。帰るんだ」
「はい、旦那様」
クラリスは内心、これほど注目されている中でその言葉は最も使っちゃダメな言葉なのよと心の中で笑いつつ、ヨアンにも恭しく礼をし、ヨロヨロと1人で会場を出て行った。ヨアンが追ってくることはなかった。
そう、それでいい。
私は「ああ、」と躓いたフリをして倒れた。もちろん皆が見ている中で。そしてボロボロの靴と靴下が見えるように倒れ、スカートがめくれたというテイで、脚にもつけた傷を見せた。
ほかの貴族たちは驚いたように自分の脚を見ている。
そして見かねた貴族の1人が手を差し伸べてくれた。相手はアディンセル侯爵。黒髪に紫の瞳が美しい。アディンセル侯爵はウィリアムズ公爵家と仕事の上で重要な取引をしている。そしてヨアンと仲もとても良い。
私は「ありがとうございます、失礼をいたしました」と弱弱しく笑い、ゆっくり去って行った。
チラリと後ろを見るとアディンセル侯爵の目に同情の色が見えた。
私は笑い、さて、家に帰るかと考えた。仕事は終わった。
お読みいただきありがとうございました。
続きは明日になります。