表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/101

信じたいのに、不安になる夜。

「最近、新しい人が配属されてね、すごく仕事できるんだ」


たくやが何気なく言った言葉に、私はうんうんと頷きながら、

内心、モヤモヤを飲み込んだ。


なぜならば、この話題は3週間ぐらいずっと続いてる。


聞けば、その女性は仕事が早くて、

上司からも頼りにされているらしい。


「今日、一緒にランチしたよ」

「たまたま同じエレベーターになって、駅まで一緒に帰ったよ」


たくやは屈託なく笑ったけど、

私は、その何気ない報告に小さな棘を感じた。





(たくやはそんな人じゃないって、わかってる。)






わかってる。

……でも。


彼の仕事が忙しくなったのも、

夜遅くまで帰ってこないのも、

もしかしたら、

その人と一緒にいるからなのかなって――


そんなことを考えてしまう自分が、

嫌だった。



次に会ったとき、私は無意識に距離を取ってしまった。


「今日、どうだった?」


いつもなら自然に聞けるはずの言葉が、

喉の奥で引っかかる。


たくやも、私の空気を察したのか、

どこか焦ったように、

必死に話題をつなごうとしてくれた。


でも、うまくいかない。


会話は途切れがちになり、

笑顔も、ぎこちなくなる。


(私、なにやってるんだろう)


自分でも、苦しくなった。



そんなある日。


たくやが、家に大事な書類を忘れた。


「ごめん、悪いんだけど、届けてもらえないかな」

たくやの声は申し訳なさそうだった。


「うん、大丈夫。すぐ行くね」


私はスマホを握りながら、

胸の奥に小さなざわつきを抱えたまま、

会社へ向かった。



オフィスに着くと、

たくやは会議中で手が離せないと言われた。


代わりに、同じ部署の女性が取りに来るという。



エントランスに現れたのは、

50代くらいの、ふんわりとした笑顔を浮かべた女性だった。


誰だろう――

そう思っていると、

女性がぱっと顔を輝かせた。


「紬さん、、、ですよね?」


えっ!? 私は驚いた。


「たくやさん、いつも紬さんの話をされてるんです。

だから、お会いできたらすぐわかるかなって思ってたんですよ」


女性は、優しく笑った。


まるで、クッキーを焼いてくれそうな、

あたたかい空気を纏った人だった。



帰り道。


私は、何度も何度も、

さっきの女性の言葉を思い出していた。


(たくやは、私のことを、ちゃんと話してくれてたんだ)


胸の奥に溜まっていた、黒いものが、

一気に溶けていく感覚。


(疑ってたのは、たくやじゃない。

信じることを怖がった、私だった。)



夜。


たくやが帰ってきた。


玄関のドアが開く音に、私は立ち上がる。


「紬さん、今日もありがとうな」

「ううん、こっちこそ……」


私は一歩、たくやに近づいた。


「今日ね、会社で……○○さん(女性の名前)に会ったの」


「そうなんだ」


「たくやさん、いつも私のこと話してるって……言ってたよ」


たくやは、ちょっと照れくさそうに笑った。



私は、深く息を吸い込んで、言った。


「私、少しだけ……嫉妬してた」


たくやの目が、ぱちりと瞬いた。


「信じたいのに、

なんか、怖くなっちゃって。

勝手にモヤモヤして、勝手に距離取って……ごめんね。」


素直に言葉にしたら、

涙が出そうになった。



たくやは、無言で私の頭をぽんぽんと撫でた。


そして、

少しだけ照れくさそうに笑って、こう言った。


「心配しなくていいよ。……俺、紬さんだけだから。」


その一言に、

胸の奥が、じんわり、じんわり、温かく満たされていく。


私は、笑いながら泣きそうになった。


(ああ、やっぱり、

私はこの人が好きだ。)





誰かに嫉妬して、

自分でも驚くくらい不安になって、

小さなことで傷ついて、


それでも、

あの人の隣にいたいって、思った。


好きって、

疑わないことじゃない。


好きって、

疑ったあとも、

もう一度、信じたいって思うことだ。


今日、私はそれを、

ちゃんと知ることができた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ