信じたいのに、不安になる夜。
「最近、新しい人が配属されてね、すごく仕事できるんだ」
たくやが何気なく言った言葉に、私はうんうんと頷きながら、
内心、モヤモヤを飲み込んだ。
なぜならば、この話題は3週間ぐらいずっと続いてる。
聞けば、その女性は仕事が早くて、
上司からも頼りにされているらしい。
「今日、一緒にランチしたよ」
「たまたま同じエレベーターになって、駅まで一緒に帰ったよ」
たくやは屈託なく笑ったけど、
私は、その何気ない報告に小さな棘を感じた。
⸻
(たくやはそんな人じゃないって、わかってる。)
わかってる。
……でも。
彼の仕事が忙しくなったのも、
夜遅くまで帰ってこないのも、
もしかしたら、
その人と一緒にいるからなのかなって――
そんなことを考えてしまう自分が、
嫌だった。
⸻
次に会ったとき、私は無意識に距離を取ってしまった。
「今日、どうだった?」
いつもなら自然に聞けるはずの言葉が、
喉の奥で引っかかる。
たくやも、私の空気を察したのか、
どこか焦ったように、
必死に話題をつなごうとしてくれた。
でも、うまくいかない。
会話は途切れがちになり、
笑顔も、ぎこちなくなる。
(私、なにやってるんだろう)
自分でも、苦しくなった。
⸻
そんなある日。
たくやが、家に大事な書類を忘れた。
「ごめん、悪いんだけど、届けてもらえないかな」
たくやの声は申し訳なさそうだった。
「うん、大丈夫。すぐ行くね」
私はスマホを握りながら、
胸の奥に小さなざわつきを抱えたまま、
会社へ向かった。
⸻
オフィスに着くと、
たくやは会議中で手が離せないと言われた。
代わりに、同じ部署の女性が取りに来るという。
⸻
エントランスに現れたのは、
50代くらいの、ふんわりとした笑顔を浮かべた女性だった。
誰だろう――
そう思っていると、
女性がぱっと顔を輝かせた。
「紬さん、、、ですよね?」
えっ!? 私は驚いた。
「たくやさん、いつも紬さんの話をされてるんです。
だから、お会いできたらすぐわかるかなって思ってたんですよ」
女性は、優しく笑った。
まるで、クッキーを焼いてくれそうな、
あたたかい空気を纏った人だった。
⸻
帰り道。
私は、何度も何度も、
さっきの女性の言葉を思い出していた。
(たくやは、私のことを、ちゃんと話してくれてたんだ)
胸の奥に溜まっていた、黒いものが、
一気に溶けていく感覚。
(疑ってたのは、たくやじゃない。
信じることを怖がった、私だった。)
⸻
夜。
たくやが帰ってきた。
玄関のドアが開く音に、私は立ち上がる。
「紬さん、今日もありがとうな」
「ううん、こっちこそ……」
私は一歩、たくやに近づいた。
「今日ね、会社で……○○さん(女性の名前)に会ったの」
「そうなんだ」
「たくやさん、いつも私のこと話してるって……言ってたよ」
たくやは、ちょっと照れくさそうに笑った。
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私は、深く息を吸い込んで、言った。
「私、少しだけ……嫉妬してた」
たくやの目が、ぱちりと瞬いた。
「信じたいのに、
なんか、怖くなっちゃって。
勝手にモヤモヤして、勝手に距離取って……ごめんね。」
素直に言葉にしたら、
涙が出そうになった。
⸻
たくやは、無言で私の頭をぽんぽんと撫でた。
そして、
少しだけ照れくさそうに笑って、こう言った。
「心配しなくていいよ。……俺、紬さんだけだから。」
その一言に、
胸の奥が、じんわり、じんわり、温かく満たされていく。
私は、笑いながら泣きそうになった。
(ああ、やっぱり、
私はこの人が好きだ。)
誰かに嫉妬して、
自分でも驚くくらい不安になって、
小さなことで傷ついて、
それでも、
あの人の隣にいたいって、思った。
好きって、
疑わないことじゃない。
好きって、
疑ったあとも、
もう一度、信じたいって思うことだ。
今日、私はそれを、
ちゃんと知ることができた。




