広告の恋に、ちょっと泣いた夜。
気づけば、スマホをずっと眺めている。
寝る前でも、起きた瞬間でも、電車の中でも。
無意識にInstagramを開いて、ストーリーを一通り見る。
フォローしてる友達の生活。子ども。旦那。旅行。犬。
羨ましいとか、羨ましくないとか、
そういう感情が出る前に、もう「そういう人生なんだな」と処理してしまうようになった。
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スクロールしていく途中で、ふと流れてくる広告。
「彼との、あの夏の終わり。忘れられないのは、なぜだろう――」
謎の縦型恋愛ドラマ。
どこでやってるのかもよくわからない。
でも、数秒の切り抜きだけで空気感がすっと入ってきて、
つい“続きを見る”を押してしまう。
演技も台詞も、ちょっと安っぽい。
でも、その“ちょっと安っぽい恋”に、
なぜか自分の過去を重ねてしまうことがある。
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ベッドに横になったまま、
指だけが動いて、延々と映像を追い続ける。
若い女の子が泣いていて、男の子が追いかけてきて、
「お前がいないとダメなんだよ」なんて言う。
そんなの現実じゃ聞いたことないし、
聞かされたらむしろ引くのに、
映像だと、なんか、ちょっと泣きそうになる。
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そのあと流れてくるのは、恋愛マッチングアプリの広告。
「運命の出会いが、あなたを待っている」
「30代からの、本気の恋」
もう何年も見てるはずなのに、
その文句に、ふっと心が揺れる夜がある。
私だって、出会いたいと思ってる。
でも、“今さら感”も、“もう遅い感”も、
自分の中にこっそり住みついてて、
結局アプリを開いても、2分で閉じてしまう。
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「誰かいい人いないかな」って、
何百回も思ってきた。
でも、いい人がいたって、
「なんか違う」で終わることの方が多かった。
自分が求めてるのは、たぶん“いい人”じゃなくて、
“この人なら、私を見てくれるかも”って思えるような誰か。
でもその誰かって、広告にはいないし、
SNSにも、たぶん、いない。
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スマホを顔の上に掲げたまま、
ふうっと息を吐く。
「私、なにしてんだろ」
さっきまで泣いてた女優の顔が、急に遠く感じて、
その距離の分だけ、現実に引き戻される。
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恋がしたい。
それはたぶん、本音。
でも、
誰かに触れられることが怖いのも、
誰かを好きになる余裕がないのも、
たぶん同じくらい本音。
その狭間にいるから、私はずっと、
スクロールする指だけが動いてる。
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電気を消したあと、部屋の静けさが急に広がって、
私はやっとスマホを置いた。
恋の広告に感情を持っていかれるようになった夜は、
ほんの少し、泣きたくなる。
でも、泣かない。
泣いてもどうにもならないって、知ってるから。
恋愛の広告に涙腺持ってかれるの、
ほんとやめたいです。
なのに、何回見てもまた見ちゃう。
たぶんあれは、恋じゃなくて、
“恋にときめいてた自分”をもう一回思い出したいだけなんですよね。
……わかってても、また再生しちゃうんですけど。