あ、彼氏は……あ、えっと、髪は巻いてください
美容院って、ちょっとした戦場だと思ってる。
鏡の前に座って、
半端に濡れた髪のまま、照明に晒されて、
メイクの崩れまで容赦なく映されて――
さらに、会話が始まる。
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「お仕事の帰りですか?」
「今日お休みです〜」
「いいですねぇ。じゃあこれからお出かけですか?」
「いえ、まっすぐ帰ります」
「そうなんですね〜……ちなみに、彼氏さんとかは?」
……来た。
唐突な“彼氏いますか?”砲。
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美容師さんは悪くない。
きっと会話の糸口として、聞きやすい話題なんだと思う。
でも、
“いない”って答えると空気がふわっと止まる、あの間。
毎回ちょっとだけ、プレッシャー感じるんだよね。
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「……いやぁ、最近は“推し”が彼氏みたいなもんで」
「そっか!それもアリですよね〜!」
そう答えてしまった自分に、
心の中で小さくツッコミ入れる。
(推しって……実在しない彼氏で空気を埋めるの、どうなの私)
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でも正直に「いないです」って言ったら、
「えっ、なんで!?きれいなのに!」とか、
「もったいない〜!」とか、
急にテンプレの褒め言葉が飛んでくるから、それもそれで困る。
褒められてるのに、なんか虚しくなる現象、あれ何?
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美容師さんはそのあとも、
「この巻き方、デートとかにもいいですよ〜」とか言ってくれて、
私もつられて「じゃあ次の予定に向けて、予習しときます〜」とか答えた。
ほんと、うまくかわす技術だけは育ってる。
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仕上がった髪は、ふんわりしてて、
鏡に映る自分もちょっとだけアガってる。
彼氏がいてもいなくても、
“可愛くなる時間”を楽しめる私は、
たぶんちょっと強いんだと思う。
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帰り道、風が前髪をなびかせる。
誰も見てないのに、なんかウキウキするこの感じ。
これが“恋”じゃなくても、
ちゃんと“ときめき”だなって思った。
「彼氏いません」って、
なんか言い訳っぽく聞こえる気がして、
答えるのに少し間が空いたけど――
“可愛い自分”は、いつでも自分で作れる。
誰かのためじゃなくても、
今日の私、けっこういい感じ。




