まだ、いる。
ふとした瞬間に、
思い出す人がいる。
朝、コーヒーを淹れてるとき。
通勤電車の窓に映る自分を見たとき。
夜、ベッドに入って、天井を見上げたとき。
もう何年も会ってないのに、
もう何度も忘れようとしたのに、
まだ、いる。
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彼の名前はもう、誰にも話してない。
あの恋は、“終わったこと”になってる。
連絡先も消したし、
SNSも見ないようにしてるし、
思い出の品もとっくに捨てた。
でも、心のなかには、
まだ彼専用の小さな部屋があって、
誰にも開けられないまま残っている。
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好きだった。
本当に、好きだった。
だけど、あのとき私は臆病だった。
踏み込むのが怖くて、
求められすぎるのが怖くて、
素直になれなかった。
彼は優しかったけど、
その優しさに甘えるのが怖くて、
“強いふり”ばかりしてた。
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ある日突然、
彼からの連絡が来なくなった。
理由は、何もなかった。
ただ、消えるようにいなくなった。
聞くことも、追うこともできなかった。
もし私が、あのときもう少し勇気を出せていたら。
ちゃんと「好き」って言えていたら。
なにか変わっていたのかな、なんて、
今でもときどき思ってしまう。
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新しい人と会っても、
ちゃんと恋しようと思っても、
なぜかその人の影と比べてしまう。
“あの人だったら、こう言ってくれたかも”
“あの人だったら、笑ってくれてたかも”
そんな風に、
思い出すたびに、今の恋が色あせていく。
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未練じゃない。
執着でもない。
ただ、
“あのときの気持ち”が、
あまりにまっすぐで、
あまりに本気だったから、
まだ、ちゃんと手放せてないだけ。
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今の私なら、
もう少しうまくやれたかもしれない。
でも今さらそんなこと、
本人には言えない。
だから私は、
誰にも見せないまま、
そっと彼の名前を心の奥にしまって、
また新しい日々を始めている。
「忘れられない人がいる」って言うと、
未練がましく聞こえるかもしれない。
でも本当は、
“自分がちゃんと恋してた証”を
誰にも奪われたくないだけなのかもしれない。
それくらい、本気だったんだよ。