あの子が選ばれて、私は黙ってた。
「ねぇ、紹介したい人いるんだよね」
ある日、大学時代の友達・茜から言われた。
「紬も気が合いそうだと思って」
ふたりで飲んでいたテーブルの上、
ジョッキの水滴がじんわり広がっていた。
そのとき、何も言わなかったけど、
彼の名前を聞いた瞬間、心が少し止まった。
──ああ、その人、私がずっといいなと思ってた人だ。
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気になっていたのは半年くらい前のこと。
共通の知り合いで、飲み会で何度か会って、
たまたま席が近くなったときに話した。
趣味も似てて、笑いのツボも合ってて、
もっと話したいな、って思ってたけど、
何かを動かすほどの勇気はなかった。
彼から連絡が来ることもなく、
私も進展させるタイミングを見失ったまま、
そのままにしていた。
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「どうだった?茜の彼氏」
後日、みんなで集まった席で、彼が来ていた。
自然体で、よく笑う人。
そして、ちゃんと茜のことを見ていた。
「あのふたり、すごくお似合いだよね」って
他の子が言うたびに、私はグラスに口をつけた。
自分の中でとっくに終わったと思ってた気持ちが、
思いがけず顔を出して、胸の奥がずきっとする。
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「紬は?最近いい人いないの?」
茜がそう言ったとき、
私は一瞬だけ、目を伏せた。
「全然。仕事ばっかりしてる」
それが嘘だったわけじゃないけど、
本当でもなかった。
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彼が悪いわけじゃない。
茜が悪いわけでもない。
でも、
“私じゃなかったんだな”っていう事実だけが、
その日ずっと、私の心の中に残ってた。
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自分の気持ちを伝えていたら、
なにか違ってたんだろうか。
でもそれは、ただの「たられば」。
恋って、
早い者勝ちでも、
いい女順でもなくて、
タイミングと勇気と、
ちょっとした運。
私は、その全部がちょっとずつ足りなかった。
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今、茜と彼はすごく幸せそうにしている。
SNSには、ふたりで行ったカフェとか、旅行の写真。
その写真に“いいね”を押すたび、
私はちゃんと笑ってるけど、
少しだけ――
少しだけ、心が削れてる。
その人が誰かのものになった瞬間、
自分の中にあった“気づかなかった感情”が浮き彫りになる。
好きって認める前に終わってた恋だったけど、
選ばれなかったって事実だけが、ちゃんと刺さった。
それでも私は、今日も“いいね”を押してる。