表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/101

あの子が選ばれて、私は黙ってた。

「ねぇ、紹介したい人いるんだよね」

ある日、大学時代の友達・茜から言われた。

「紬も気が合いそうだと思って」


ふたりで飲んでいたテーブルの上、

ジョッキの水滴がじんわり広がっていた。


そのとき、何も言わなかったけど、

彼の名前を聞いた瞬間、心が少し止まった。


──ああ、その人、私がずっといいなと思ってた人だ。



気になっていたのは半年くらい前のこと。

共通の知り合いで、飲み会で何度か会って、

たまたま席が近くなったときに話した。


趣味も似てて、笑いのツボも合ってて、

もっと話したいな、って思ってたけど、

何かを動かすほどの勇気はなかった。


彼から連絡が来ることもなく、

私も進展させるタイミングを見失ったまま、

そのままにしていた。



「どうだった?茜の彼氏」


後日、みんなで集まった席で、彼が来ていた。

自然体で、よく笑う人。

そして、ちゃんと茜のことを見ていた。


「あのふたり、すごくお似合いだよね」って

他の子が言うたびに、私はグラスに口をつけた。


自分の中でとっくに終わったと思ってた気持ちが、

思いがけず顔を出して、胸の奥がずきっとする。



「紬は?最近いい人いないの?」


茜がそう言ったとき、

私は一瞬だけ、目を伏せた。


「全然。仕事ばっかりしてる」


それが嘘だったわけじゃないけど、

本当でもなかった。



彼が悪いわけじゃない。

茜が悪いわけでもない。


でも、

“私じゃなかったんだな”っていう事実だけが、

その日ずっと、私の心の中に残ってた。



自分の気持ちを伝えていたら、

なにか違ってたんだろうか。

でもそれは、ただの「たられば」。


恋って、

早い者勝ちでも、

いい女順でもなくて、

タイミングと勇気と、

ちょっとした運。


私は、その全部がちょっとずつ足りなかった。



今、茜と彼はすごく幸せそうにしている。

SNSには、ふたりで行ったカフェとか、旅行の写真。

その写真に“いいね”を押すたび、

私はちゃんと笑ってるけど、

少しだけ――

少しだけ、心が削れてる。






その人が誰かのものになった瞬間、

自分の中にあった“気づかなかった感情”が浮き彫りになる。


好きって認める前に終わってた恋だったけど、

選ばれなかったって事実だけが、ちゃんと刺さった。


それでも私は、今日も“いいね”を押してる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ