もし、の罠。
「もし俺が独身だったらさ――」
夜、2杯目のジントニックを口にしたタイミングで、その言葉は落とされた。
私の隣で笑う彼は、既婚者。
何度か仕事で一緒になって、意気投合して、
打ち上げのあとでふたりきりになった夜のことだった。
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最初からわかってた。
彼に家庭があることも、
自分が“ちょっと特別扱いされてる”気がしてることも。
それでも私は、その言葉に、心を揺らされてしまった。
「もし俺が独身だったら、絶対紬と付き合ってた」
「結婚するのがもう少し遅ければなあ」
「ほんと、タイミングって大事だよね」
全部、“実現しない前提の言葉”。
でも、なぜだろう。
そんな“もし”に、少しだけ救われる気がした。
「選ばれなかった」ことが、
「タイミングのせい」になって、ちょっとだけ心が軽くなるから。
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“もし話”って、ずるい。
現実じゃないから、なんでも言える。
でも、そこにちょっとだけ本音を混ぜてくるから、
こっちの心が反応してしまう。
「俺の人生、紬だったらもっと楽しかったかも」
「奥さんには言えないけど、紬といる方が楽」
そんな言葉が、
まるで秘密の恋の導入みたいに聞こえてしまう。
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でも現実は変わらない。
彼には帰る家があって、
私は「ふたりきりだった夜」を引きずって、
何も始まらないまま、
何も終わらせられないまま、
LINEのやりとりが止まる。
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“もし”って言葉で、
私の心は何回揺さぶられたんだろう。
“もし俺が独身だったら”
“もし出会うのがもっと早ければ”
“もしあのとき、違う選択をしてたら”
それらは全部、
相手の現実を変える気はない、
ただの“言い訳付きの優しさ”だった。
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私は、“本当には選ばれない人”なんだと気づいた。
名前も肩書も愛してくれる人にはなれても、
家庭を壊してまで求められる存在にはなれなかった。
そしてそのことを、
どこかで自分自身が一番わかってた。
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もう、“もし”はいらない。
本当に“選ぶ”気のある人とだけ、
これからは時間を過ごしたい。
「もし結婚したらさ」なんてセリフ、
それを口にする人の隣には、もういたくない。
“もし”の言葉って、甘くて苦い。
夢を見せてくれるけど、
起きたら全部、ただの現実に戻るだけ。
私はもう、
ちゃんと“今の私を選ぶ人”とだけ、
恋をしていたい。




