好きになった人が、私のことを“いい子”で終わらせるタイプだった。
「ほんと、紬っていい子だよなぁ」
彼がふと笑いながら言ったその言葉が、
私は今でも忘れられない。
それはたぶん、
最高の褒め言葉で、
最低の評価でもあった。
⸻
彼とは、共通の友達の飲み会で知り合った。
仕事の話や映画の話で盛り上がって、
帰り道、駅まで歩くあいだの空気が妙に心地よくて。
その日から、ちょこちょことLINEのやりとりが始まった。
テンポのいい会話に、絵文字のない素っ気ない返事。
でもときどき急に、
「今日もがんばったな、おつかれ」って送ってきてくれる。
その温度差に、私の気持ちはどんどん持っていかれた。
⸻
ふたりで会うようになったのは、わりとすぐだった。
カフェ、映画、ちょっといいレストラン。
いわゆる“デート”っぽいことはしてたけど、
彼から手を繋いでくることも、明確な告白があるわけでもない。
それでも私は、“そうなる前の時間”を味わってた。
⸻
ある日、私の家で鍋をした。
寒い日で、彼が「1人鍋って寂しくない?」って言うから。
買い物して、野菜切って、ビールあけて。
ふたりで笑って、テレビ観て、まるで恋人みたいだった。
お皿を洗いながら、
「こんなふうに一緒に暮らせたらいいな」って、ふと思った。
でも口には出せなかった。
彼が帰り際にふと、
私の頭をぽんと撫でて、
「ほんと紬って、いい子だよなぁ」って言ったとき――
私は、恋が終わった音を聞いた気がした。
⸻
“いい子”って、なんだろう。
気が利く。
怒らない。
合わせてくれる。
聞き上手。
空気を読んで笑ってくれる。
たぶんそれって全部、
“恋愛の主役じゃない人”に与えられるラベルだ。
⸻
私はいつも、“いい子”で終わる。
紹介しても恥ずかしくない。
親ウケも良さそう。
仕事も安定してて、常識もある。
でも――
「一緒にいたい」とまでは思われない。
⸻
彼とはその後も何度か会ったけど、
どこか“進まない関係”に疲れて、
私から連絡をやめた。
向こうからも、特に何もなかった。
⸻
“いい子”って言葉は、
優しさを装った保留だ。
キープでもない。
でも、捨ててもいない。
だからこそ、ずっとじわじわと痛む。
⸻
私のどこかに、
“愛されるための努力”が染みついてる。
相手の好きそうな話題を出して、
リアクションを気にして、
不安を見せないように笑って。
その努力の果てにたどり着くのが、
“いい子”だった。
⸻
ほんとは、
もっとわがままで、面倒くさくて、
でもちゃんと誰かに愛される人になりたかった。
でも私は、
“いい子”になってしまう。
癖みたいに、いつも。
「いい子」って言われるたびに、
一歩、恋から遠ざかる気がする。
私は、ちゃんと見てほしかった。
気をつかってるときじゃなくて、
気をぬいてる私を。
“いい子”のまま終わらない恋を、
いつかしてみたいんです。