恋愛相談には乗れるのに、自分の恋は乗りこなせない。
「紬ちゃんなら、なんか…冷静に話せそうで」
後輩の結婚前提彼氏との大喧嘩。
同僚の“既読無視する彼氏”問題。
男友達の“年下彼女の扱い方”相談。
なぜかわからないけど、
私は恋愛相談をされやすい。
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たしかに、私は話を聞くのが好きだし、
相手の気持ちを汲むのは得意な方だと思う。
「それって、たぶん○○が不安なんじゃないかな?」
「今は連絡しない方が、逆に効くかも」
「ていうかそれ、言い方が悪かっただけで、
本心はそんなつもりなかったんだと思うよ」
そんなふうに、
冷静に整理して、言語化して、
ちょっと笑わせて、落ち着かせる。
そういうの、わりとできてしまう。
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この前も、友達カップルが旅行前に大ゲンカしたって聞いて、
お互いの言い分を聞いて、
LINEの文章を一緒に考えて、
最終的には「紬のおかげで戻れた!」と感謝された。
「もう結婚式でスピーチ頼みたいレベル!」なんて言われて、
私は笑ってごまかした。
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でも、
そんなふうに“誰かの恋を助けた”帰り道は、
だいたい少しだけ寂しくなる。
誰かの感情を受け止めたあとって、
なんでこんなに、自分の気持ちが行き場をなくすんだろう。
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私は、人の恋愛の機微には敏感だけど、
自分の恋には、
びっくりするほど鈍感になる。
どこで踏み込めばいいのか。
どの瞬間に引けばいいのか。
言いたいことを言えばいいのか、飲み込むべきか。
誰かにはアドバイスできるのに、
自分のことになると、からっきしだ。
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恋愛相談って、
“相談される側”がいつも正しいわけじゃない。
正解を知ってるわけでも、
人より恋愛がうまいわけでもない。
ただ、“一歩引いて見られる立場”にいるってだけ。
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でもそれが続くと、
“頼れる人”の仮面を脱げなくなる。
誰かに「私もうまくいってない」って言えなくなる。
「紬なら大丈夫でしょ」って言葉の奥にある、
「だから悩まないよね」って前提が、
ときどき苦しくなる。
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ほんとは、聞いてほしいこと、山ほどあるのに。
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今日も誰かの恋をなだめた帰り道。
イヤホンから流れるバラードが、やけに沁みた。
夜風が強くて、
なんとなく、泣きそうになった。
相談されるって、
信頼の証だし、嬉しいことでもある。
でも、
いつからか“聞く専門”になってしまって、
“話す側”に回れなくなってた。
私にも、相談したい夜があるんです。
誰か、聞いてくれないかな。