無口な公務員、紹介されがち。
「つむ、いい人紹介しよっか?」
その誘いは、いつも突然やってくる。
飲み会の帰り道だったり、女子会での気まずい間だったり。
会話がふと“彼氏いるの?”に傾いたとき、だいたいこのセリフが飛んでくる。
「真面目で優しい、いい人なんだけど」
いい人。
この言葉を何度聞いたかわからない。
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そして今回もやってきた。“いい人紹介”の流れ。
相手のスペックを聞いた時点で、私はちょっとだけ警戒していた。
年齢は38歳。都庁勤務。趣味は登山と美術館巡り。
「物静かで落ち着いてるから、大人の余裕って感じだよ」
そう言われると、まぁ一度は会ってみるか、という気持ちになる。
期待なんてしてない。
でも、せっかくだし、“ちゃんと出会う努力”くらいはしておこう、という自分なりの義務感。
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当日、待ち合わせのカフェに現れた彼は、
プロフィール写真の印象よりも、少しだけ地味だった。
優しそう。たしかにそう見えた。
でも、第一声の「こんにちは」のテンションが驚くほど低くて、心の中で一瞬つまずいた。
話しかければ、答えてくれる。
でも質問が返ってこない。
笑えば笑ってくれるけど、目が笑っていない。
沈黙が怖くて、私はどんどん話す。
最近の仕事のこと、よく行くごはん屋さん、旅行の思い出。
でも彼は、「へぇ」「そうなんですね」「いいですね」の三段活用で返してくるばかりだった。
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帰り際、「今日はありがとうございました」と丁寧に頭を下げられたとき、
「あ、この人いい人なんだな」と思った。
でもそれと、“また会いたい”はまったく別の話だった。
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私は、静かな人が苦手なわけじゃない。
むしろ昔、無口な人に惹かれたこともある。
自分ばっかり喋って、ちょっと空回りして、それでも嬉しくて、
勝手に「心を開いてくれたらいいな」なんて思ったことだってある。
でも、今の私はそこまでがんばれない。
年齢のせいかもしれない。
過去の疲れが溜まってるのかもしれない。
一方的に話し続けて、空気を読み続けて、
「いい時間だったな」って笑顔で帰られると、
自分だけ消耗した気分になる。
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紹介してくれた友達は、言う。
「でもさ、つむぎにはそういう落ち着いた人が合うと思うよ?」
……そうかな?
私は、笑わせてくれる人が好き。
言葉のテンポが合う人。
会話の“間”でちゃんと息ができる人がいい。
無口が悪いわけじゃない。
でもその“無口”を、私が全部埋めてあげるほど、
もう余裕はないのかもしれない。
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「いい人」であることと、「好きになる人」であることは、
ぜんぜん別物だ。
頭ではわかってる。
でも、だからこそ迷う。
贅沢なんだろうか?
わがままなんだろうか?
条件も揃ってて、失礼なところもなくて、優しさもあるのに、
心が動かない自分が、間違ってるんだろうか。
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帰宅して、玄関の電気をつける。
誰もいない部屋。
一人分のコート、一人分の靴、一人分の生活。
湯を沸かしながら、スマホを見たら、彼からLINEが来ていた。
今日はありがとうございました。
よかったら、またご飯でも。
悪い人じゃない。むしろ、ちゃんとしてる。
でもそのLINEに、ドキドキもしなかったし、
すぐ返信しようという気持ちにもならなかった。
「またご飯でも」
その先の未来が、ぜんぜん想像できなかった。
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私はたぶん、まだ、
“好きになれる人”に出会いたいと思ってる。
ちゃんと話せて、笑えて、安心できて、
そういう人に出会いたいと思ってしまう。
それって、難しいことなんだろうか。
無口で優しい人。
ちゃんと仕事してて、清潔感もあって、誠実そう。
それでも、好きになれなかった理由を、うまく言葉にできないまま、
「また来てよね」って言われるのを待ってしまう私は、
もしかしたら、どこかで“刺激”を探してるのかもしれません。
紹介された“いい人”、
ほんとに“いい人”だったのにな。