普通にいい人、でも心が動かない。
「つむぎさん、またごはん行きませんか?」
そのLINEを見た瞬間、
なんて返そうか、3分ほどスマホを握ったまま固まった。
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彼とは、共通の知人の紹介で知り合った。
35歳、メーカー勤務、実家は都内、ひとり暮らし。
清潔感があって、話し方も丁寧で、連絡のペースもほどよい。
何より、“ちゃんと恋愛しようとしてる人”だった。
初めてのごはんのときも、ちゃんと予約してくれていて、
お店の雰囲気も、話題も、配慮も完璧だった。
2回目のときは、少しだけカジュアルなお店。
仕事帰りの私の時間に合わせてくれて、
「無理しないでいいですよ」って気遣いもしてくれて。
帰り道には「今日も楽しかったです。また都合が合えばぜひ」って、
重すぎないけどちゃんと気持ちのこもったメッセージ。
……こんな“いい人”、なかなかいない。
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でも、心が動かなかった。
ドキドキしない。
恋が始まる予感がしない。
「また会いたいな」よりも、「今日もいい人だったな」で終わってしまう。
正直、自分でももったいないと思った。
こういう人と付き合えば、
両親にも安心して紹介できるだろうし、
変な駆け引きもいらないし、
落ち着いた穏やかな恋愛ができると思う。
なのに、なんで、無理なんだろう。
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2回目のごはんの帰り、
駅まで一緒に歩いたとき、
ちょっとだけ距離が近づいた気がした。
「このまま手をつながれたら、どうしよう」
そんなふうに少しだけ構えた自分がいて、
でも、彼は何もしてこなかった。
そしてその“何もなかった”ことに、
私はなぜか、少しだけホッとしてしまった。
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恋って、安心だけじゃ始まらないのかもしれない。
どこかに、ちょっとした不安とか、
予測できない空気とか、
少し危うい感情が混ざってないと、
私は“恋”として認識できないのかもしれない。
でもそれって、もう若くないのに、
贅沢すぎるのかな。
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LINEの返信に悩みながら、
ふと、ソファに投げたままのクッションに目をやる。
なんか、
「条件で好きになれたらどんなに楽か」って思った。
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彼を嫌いなわけじゃない。
むしろ、人としてはすごく好き。
でもそれが、
“付き合いたい”には、なぜか届かない。
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3回目のごはんに行ったら、
もう後戻りできなくなる気がして、
私はつい、「最近ちょっと仕事が忙しくて…」って返してしまった。
本当は、
ただ“気持ちが追いついてない”だけなんだけど。
「普通にいい人」に心が動かない自分って、
ほんとめんどくさいなって思います。
でも、“安心”だけじゃ好きになれないの、
わかってくれる人きっと多いはず。
恋って、
なにかが“はみ出てる”瞬間に、
始まるものなのかもしれないですね。