【Dear】 次の主役は、かこだよ。
「うわ、めっちゃ寝てるじゃん。いいなー」
カフェのソファに座るなり、佐々木かこは紬のベビーカーを覗き込んで、第一声を放った。
すやすや眠る1歳の娘に、軽く手を振る。
「ほんと、私も寝たい。てか今日、朝5時起きだったし」
「え、現場?」
「うん。撮影2本ハシゴ」
「やば」
「でも、夜は飲む」
かこが自慢げにアイスカフェラテを持ち上げた。
ヘアメイクという仕事柄、朝が早くてスケジュールは読めない。
でも、そう言いながら彼女はちゃんと“飲み会”には現れる。
どこか矛盾してるようで、それがかこらしかった。
「てか最近さ、“結婚”ってワードがもう、宗教に聞こえてきたんだけど」
「宗教?」
「うん。信じる者は救われる、みたいな。でも、信じきれない私は…信仰心が足りてないのか?」
「なんの話(笑)」
「いや、ほんとに。飲み会で出会う男にときめかないし、紹介されても“運命”とか感じないし。
結局、“まあ今じゃないか”って、帰りにコンビニ寄って、カフェラテ買って、家で『恋愛リアリティ』見ながら1人でツッコミ入れてる時間が落ち着くんだよね」
紬は笑いながら、ストローでゆっくり紅茶を吸った。
あぁ、懐かしい。この感じ。
数年前の自分を見ているみたいだ。
「でもさ、何が悔しいって」
かこは言った。
「“私はこういう女だから”って、言い訳できる理屈は全部持ってるのに、
なぜか、ちょっとだけ寂しくなる夜があるのよ」
紬はそっと頷いた。
「あるある。それ、ある」
かこは驚いたように目を見開いた。
「え、紬でもあったの?」
「むしろ、それしかなかったよ。
“仕事が楽しいし”とか、“自由が一番”とか、
言ってる自分がいちばん、自分を縛ってたかも」
かこはその言葉に、しばらく沈黙していた。
そして、小さく笑った。
「ねぇ紬、私、結婚できると思う?」
「できると思うよ」
「即答」
「だって今、こんなに元気に言い訳できてるなら、まだ余裕あるってことじゃん」
「それ、褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてる」
また、ふたりで笑った。
ベビーカーの中で娘が小さく寝返りを打ち、テーブルに優しい揺れが伝わる。
かこはその様子を見て、ポツリと言った。
「……なんかさ、いいね。こういう未来が、あるのかもって思えるだけで、ちょっと元気出た」
紬は、その言葉が嬉しかった。
自分が誰かの“ちょっと先の未来”になれているなら、それはとても意味のあることだと思えた。
「大丈夫だよ、かこ。きっと“その日”は来るから。ちゃんと、ね」
まるであの日の自分に言い聞かせるように、紬はそう告げた。
そして、心の中でそっとつぶやく。
“この日が、ちゃんと来てくれた。”
だから次は――かこの番だよ。
まさか自分のあとがきを、他人の応援で終える日が来るとは思わなかったよね。笑
でもさ、誰かの「結婚できない理由」は、
ちゃんとその人の人生に根っこがあって、だからこそ意味があるって、私は思うんだ。
かこも、きっとこれからいろんな言い訳を武器にして、笑って、拗ねて、恋していくんだろうな。
その全部が、いつか誰かと分かち合える“日常”になるって、私はもう知ってるから。
これから先、“佐々木かこの物語”をどうぞよろしく。
じゃあまたね。