この日が、ちゃんと来てくれた。
ウェディングドレスに身を包み、鏡の前でひとり、深呼吸をする。
「……ふふ、誰これ」
白くふわりと広がるドレスに身を包んだ自分が、少しだけ他人に見えた。
けれど、ちゃんと私だった。
いつも通りの、杉浦紬。
笑ったら、目尻にしわが寄って、ちょっと照れた顔になるところも、変わってない。
「お綺麗ですよ」
メイクさんがふと声をかけてくれた。
思わず、「ほんとですか?」って笑ってしまう。そう、これが私。
手に持ったブーケが、少しだけ重く感じた。
緊張……してるんだ。
でも、たくやの顔を思い浮かべたら、自然と肩の力が抜けた。
あの人が、あの場所で待ってる。
それだけで、私は、だいじょうぶ。
⸻
チャペルの扉が開く。
父の腕に手を添え、ゆっくりと歩き出す。
目の前には、たくやがいる。
優しい笑顔で、まっすぐに私を見ている。
その表情に、また少しだけ、胸が熱くなった。
誓いの言葉を交わす。
指輪をはめてもらう瞬間、視界がにじんだ。
たくやがポケットからハンカチを出して、そっと差し出してくれた。
「泣くの、早くない?」って笑う彼に、「誰のせいよ」って返しながら、
私はきっと、これ以上ないくらい幸せそうな顔をしていたと思う。
⸻
披露宴は、笑顔と涙とツッコミに満ちていた。
「まさか、あの紬が一番最初に結婚するとは……いや、最後か!」
親友のスピーチに、会場中が爆笑。
「なにそれ、最初の“さ”も残ってないから!」と本人がツッコむと、
「ごめん、どうしても言いたくて」って悪びれない笑顔で返された。
たくやの会社の同僚たちは、彼の魅力を次々と語る。
「同僚の中で1番の出世頭!気遣いの鬼」
「情熱だけでなく信頼もとにかくぶ厚い漢」
なんだか、改めて惚れ直すような気持ちになった。
母は手紙を読みながら、開始5秒で泣き崩れ、
代わって読み上げる父が、なぜか妙に女性っぽい口調になって、
「紬へ……あなたが生まれてから、ずっと……ふふ、うれしいわ……」と読んだところで、全員が吹き出した。
でも、そのあとすぐに、みんなの涙が止まらなくなった。
⸻
最後に、私からのスピーチ。
「私は、結婚できないって思ってたんです。
なんなら、このまま一生しないかもって、どこかで思ってました」
少し笑いが起きる。
でも、みんな真剣に、私を見てくれていた。
「でも、“結婚”って、誰かと一緒に“日常を笑う”ことなんだって、たくやと出会って思えたんです。
カフェで隣に座ることも、洗濯機のボタンを押すことも、全部が少し楽しくなる――
そんな日々が、ただただ、幸せなんです」
涙ぐむ私に、誰かがそっとハンカチを差し出してくれた。
ありがとう、って目で伝えて、私は最後の言葉を紡ぐ。
「だから、今日この日がちゃんと来てくれて、本当に嬉しいです。
来てくださった皆さんにも、心からありがとうを伝えたいです。
そして、たくや――
これからも、どうかよろしくお願いします」
⸻
退場のとき、私はたくやの腕にそっと手を添えながら、
胸の中で静かに、たしかに思った。
「37年間、遠回りしたけど、
それでも、私はちゃんと愛された。
――そして今日、私も、自分のことを少し好きになれた。」
それが、この物語の終わり。
でもたぶん、私たちの物語は、ここから本当の意味で始まっていくんだと思う。
「100話まで読んでくれて、ありがとう」って、私が一番お礼を言いたいです。
いやもう、途中で何回「こんなこと書いていいのかな」とか思ったけど、
今こうしてウェディングドレス着て、堂々とあとがき書いてる自分にちょっと笑ってる。
だってさ、少し前の私、どうだったと思う?
夜中にアプリ開いては消して、
ストーリーでイケメン見かけては「誰?」って調べて、
占いで“出会いのチャンスは来週”って出たら、
来週に美容室ぶち込むくらいには、可能性信じてた。
恋愛相談されがちで、友達も多くて、
「紬ならすぐ彼氏できるでしょ」って100回言われて、
そのたびに笑顔で返してたけど、心の中は「それ何年連続で言ってる?」ってツッコんでた。
結婚できない理由?
そりゃあもう、100個以上あったよ。
でも、たくやに出会って思ったの。
「結婚って、すごいことじゃなくて、毎日を一緒に“なんとなく笑える”人とすること」なんだなって。
イケメンでも、お金持ちでも、刺激があるわけでもない。
けど、スーパーで味噌の棚の前で悩んでたら、さりげなく“こっち派”って言ってくれる人。
それが私の“運命の人”だった。
あのね、ちょっとだけ聞いて。
私、結婚したけど、完璧にはなってないよ?
相変わらず朝はギリギリだし、洗濯物ためるし、つまんないことで不安にもなる。
でもね、そんな自分をまるっと「それも紬じゃん」って思えるようになった。
それって、すごくない?
だからもし、今あなたが「私も、結婚できないかも」って思ってるなら――
笑ってほしい。大丈夫だから。
私も、そう思ってたから。
遠回りでも、不器用でも、恋に臆病でも、
“ちゃんと愛される日”は、ほんとに、来るよ。
読んでくれてありがとう。
笑ってくれてありがとう。
一緒に悩んでくれてありがとう。
これから先、あなたにも「この日が、ちゃんと来てくれた」って思える瞬間が訪れますように。
――杉浦紬より。
追伸:
ふつつかものですが、今後もよろしくお願いします。




