“その気にさせといて”って、そっちでしょ。
「……え、そんなつもりじゃなかったんだけど」
その一言で、全部が冷めた。
一瞬で、心の中のスイッチがバチンと切れる音がした。
まるで誰かが勝手にブレーカー落としたみたいに。
いやいや、待って。
じゃあ、あの優しさは?
夜中の長電話は?
急に呼び出してきたの、そっちでしょ?
どの口が言うのよ、“そんなつもりじゃなかった”って。
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相手は、友達の友達。
ちょっとした集まりで知り合って、連絡を取り合うようになった。
年も近くて、話が合って、テンポも合って、
お互い仕事の愚痴を言い合えるくらいには心地よかった。
向こうから連絡が来る。
飲みに誘ってくる。
夜中に「声聞きたくなった」とか言ってくる。
そりゃあ、勘違いするよ。
少なくとも、好意があると思うじゃん。
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でも、結局彼はこう言った。
「つむぎさんって、そういう対象じゃないっていうか……なんか、違うんだよね」
“違う”?
こっちこそ、その言葉に違和感しかないんだけど。
都合よく甘えて、寂しいときだけ呼び出して、
こっちが一歩踏み込んだら「いや、そっちがその気になったんでしょ?」みたいな顔。
あのね。
そっちが“その気にさせた”んだよ。
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私も、完全に何もなかったわけじゃない。
ちょっとドキドキしてたし、
「久しぶりにちゃんと恋できるかも」って思ってた。
でも、ちゃんと心の準備はしてた。
焦らず、ゆっくり知っていきたいと思ってた。
だからこそ、この落とし方は、ない。
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帰りの電車、イヤホンから流れる音楽が、
ただのBGMみたいに遠く感じた。
駅のホームで、すれ違うカップルが手をつないでた。
女の子の笑い声が、やけに眩しく聞こえた。
私は、なにをしてたんだろう。
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でも、こういうこと、過去にもあった気がする。
“ちょっと優しいだけ”の男に、
“少しだけマメな連絡”に、
“気まぐれな電話”に、
勝手に期待して、勝手に落ちて、勝手に傷ついてる。
わかってる。
だから、もう期待しないようにしてたのに。
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でもさ。
優しくされたら、嬉しいんだよ。
名前を呼ばれたら、ちょっと心が動く。
気にかけてくれたら、「もしかして」って思っちゃう。
それを“勘違い”で片付けられるのは、やっぱり悔しい。
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“その気にさせといて”って言いたくなる夜が、
この年になっても、まだある。
好きだなんて言ってないけど、
期待させたくなかったなら、
あんな風に笑いかけないでほしかった。
優しさって、無意識でやるからタチが悪い。
勘違いって言われたら、それまでなんだけど、
だったらそっちの“匂わせ”にも、ちょっと自覚持ってほしい。