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Hamon 〜感情が視える世界〜  作者: Ray
波紋の追跡者
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2-1

澪は波紋調査局の窓から街を眺めていた。調査員補佐として働き始めて二週間が経ち、ハモニアでの生活にもようやく慣れてきた。しかし、感情を常に隠す緊張感は消えなかった。


「澪さん、これ確認してもらえますか?」


同僚のセラが波紋記録書を差し出した。彼女の周りには淡い黄色の波紋が漂っている。その親切さと明るさは、調査局の中で珍しいものだった。


「ありがとう、セラ」


澪は記録書に目を通した。異常波紋の報告書だ。青と黒が混ざり合った不安定な波紋パターンが記録されている。心の底にある深い悲しみとそれを隠そうとする抑圧を示すパターンだと、澪は直感的に理解した。


「これは...」


「精神的な抑圧が疑われるケースです」セラが説明した。「でも、私には判断が難しくて」


澪は記録をさらに詳しく調べた。心理カウンセラーとしての経験が役立つ。


「これは単なる抑圧ではなく、トラウマの可能性があります。感情療法と波紋調整の併用が有効かもしれません」


セラの波紋が明るくなった。「さすが澪さん! こういう分析が得意なんですね」


澪は小さく微笑んだ。この二週間で、波紋がなくても感情分析において優れた能力を持つことを示してきた。それは自分の居場所を確保するための戦略でもあった。


「風間澪!」


冷たい声が事務室に響いた。アリエルが入口に立っていた。彼女の波紋は青みがかった紫色で、何か重大な事柄を抱えているようだった。


「感情波紋分析部門からの呼び出しよ。すぐに来なさい」


澪は資料を整理し、立ち上がった。セラが心配そうな表情を見せる。彼女の波紋に青い糸が混じった。


「大丈夫、すぐ戻ります」


澪はそう言ってアリエルについていった。彼女はこの二週間、アリエルの冷たい監視の下で仕事をしてきた。アリエルは澪の「波紋がない状態」を常に警戒し、時に厳しい試験にかけることもあった。


エレベーターの中で、アリエルは沈黙を保っていた。彼女の波紋はより濃く、複雑なパターンを描いていた。


*何かあったのだろうか。*


澪は表情を変えず、内心で考えた。隠して生きることに慣れていた彼女にとって、感情を表に出さないことは自然なことだった。しかし、この世界では、それは「異常」とみなされる。


エレベーターは上層階で停止した。二人は長い廊下を進み、「波紋分析特別室」と書かれたドアの前で止まった。


「中に入ったら、素直に答えなさい」アリエルが低い声で言った。「ソレン上級分析官が直接会いたいと言っている。かなり異例よ」


澪は無言で頷いた。ドアが開くと、白を基調とした広い部屋が現れた。部屋の中央には半円形の机があり、その後ろに三人の分析官が座っていた。中央の男性—おそらくソレン上級分析官—は厳格な表情で、濃い青色の波紋を放っていた。


「風間澪」ソレンが口を開いた。「二週間前にハモニアに現れ、波紋を持たない特殊な状態にある女性ね」


澪は一歩前に出た。「はい、そうです」


「意識的に波紋を隠しているのではないという主張を維持するわけだな?」


「はい。私にはそのような能力があるとは思えません」


ソレンは手元の透明なタブレットに何かを入力した。「我々は二週間、君の行動を観察してきた。確かに優れた感情分析能力を示している。そして...興味深いことに、波紋増幅装置にも反応しない」


彼は澪の左手首を見た。「その腕輪...出自不明だが、何か機能があるのかもしれないな」


「私にはわかりません」澪は静かに答えた。「目覚めた時からありました」


ソレンは頷き、残りの二人の分析官と視線を交わした。


「風間澪、我々は君の状態についてより詳細な調査を行いたい。特に...『暗闇の民』との関連について」


部屋の空気が一瞬凍りついたように感じた。アリエルの波紋が乱れるのが見えた。


「暗闇の民との関連?」澪は冷静さを保ちながら尋ねた。「それは歴史的な存在と聞いていますが」


「歴史的だが、消滅したとは限らない」ソレンの波紋が濃くなった。「フェンウェイブ分析官の報告によれば、君は感情を持ちながらも波紋を出さない。これは『暗闇の民』の特性と一致する」


澪は内心で緊張したが、表面上は冷静を保った。


「調査に協力します」彼女は言った。「私自身も、自分の状態について理解したいと思っています」


ソレンは満足したように頷いた。「よろしい。明日から特別調査プログラムを開始する。その間、君の権限は拡大される。様々な波紋パターンを分析する機会を与えよう」


「特別調査プログラム?」


「感情犯罪に関わる波紋パターンの分析だ」ソレン上級分析官が説明した。「感情の偽装や操作が疑われるケースを調査する。君の...特殊能力が役立つかもしれない」


澪は複雑な思いを抱えながらも、冷静に頷いた。これは危険な立場に立たされているのか、それとも信頼されているのか、判断が難しい。


「フェンウェイブ分析官が引き続き監督する」ソレンが付け加えた。「彼女は波紋分析のエキスパートだ。彼女から学びなさい」


アリエルの波紋に一瞬、不満げな赤い筋が走った。彼女もこの決定に完全には同意していないようだった。


「以上だ。明日の報告を待つ」


ソレンの言葉で面会は終了した。澪とアリエルは部屋を出た。


廊下に出ると、アリエルが急に立ち止まった。彼女の波紋は鋭い赤と紫が混ざり、内面の葛藤を示していた。


「警告しておくわ」彼女の声は低く、鋭かった。「ソレン上級分析官は君を信用しているように見えるかもしれないが、実際は君を利用しようとしている。彼は『暗闇の民』の研究に執心している人物よ」


澪は驚いた。アリエルが彼女に警告するとは予想していなかった。


「なぜ教えてくれるんですか?」


アリエルは一瞬、困惑したように見えた。彼女の波紋がちらついた。


「単に...無用な混乱は避けたいだけよ」彼女は素早く言った。「明日、朝九時に私のオフィスに来なさい。最初の任務についてブリーフィングするわ」


そう言うと、アリエルは素早く踵を返し、廊下の向こうへと消えていった。


澪は窓の外を見た。夕暮れの街は様々な色の波紋で彩られていた。この美しい光景の下に、どんな秘密が隠されているのだろうか。そして自分は、その秘密の一部なのだろうか。


左手首の腕輪が、わずかに温かく感じられた。

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