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Hamon 〜感情が視える世界〜  作者: Ray
消えた波紋
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1-4

朝日が窓から差し込み、澪を目覚めさせた。ベッドの横にはすでに新しい服が用意されていた。白と水色の、この世界の様式に合わせた服装だった。


身支度を整えた澪がドアを開けると、イリアが待っていた。彼女の波紋は今朝も爽やかな緑色で、明るく微笑んでいた。


「おはよう、澪。よく眠れた?」


「ええ、ありがとう」澪は答えた。「イリア、今日はどうなるんですか?」


「まず『朝の調和』儀式を見学するわ。それから波紋調査局に行くの」


二人は療養所を出て、中央広場へと向かった。朝の空気は澄んでいて、澪の肌に心地よかった。広場に近づくにつれ、人々の集まりが見えてきた。


「これが『朝の調和』よ」イリアが小声で説明した。「毎朝、市民が集まって感情を調和させるの」


広場の中央には巨大な水晶の塔があり、その周りに何百人もの人々が輪になって立っていた。全員が同じ方向を向き、目を閉じている。そして、すべての人の周りの波紋が、徐々に同じ青緑色に変化していくのが見えた。


「あれは...」


「波紋の同調」イリアが説明した。「否定的感情を解放し、一日を調和した状態で始めるための儀式よ」


澪は見入った。それは確かに美しい光景だった。朝日に照らされた水晶塔が七色に輝き、人々の波紋が一つの色に収束していく。しかし同時に、どこか不気味さも感じた。みんなが同じ感情を持つべきだという前提が、どこか違和感を覚えさせた。


儀式が終わると、人々は穏やかな表情で散り始めた。


「さあ、行きましょう」イリアが言った。「調査局は都市の中心部にあるの」


二人は路面電車のような乗り物に乗った。車内では、乗客たちが澪を興味深そうに見ていた。波紋のない彼女は、明らかに目立っていたのだ。


「気にしないで」イリアが小声で言った。「ほとんどの人は珍しいと思うだけよ」


しかし澪は、何人かの乗客の波紋が濃い青や紫に変わるのを見逃さなかった。それは不安や警戒を示しているのだろうか。


「波紋の色は感情を表すのですね」澪は確認した。「何色がどんな感情ですか?」


「基本的なものだけ教えるわね」イリアは小声で答えた。「赤は怒りや情熱、青は悲しみや落ち着き、黄色は喜びや幸福、緑は平穏や調和、紫は不安や恐れ...色の濃さは感情の強さを表すわ」


澪は周囲の人々の波紋を観察した。様々な色が混ざり合い、時に形が変わる。それは言葉にできない微妙な感情の変化を表しているようだった。


「到着したわ」


二人は大きな結晶でできた建物の前に降り立った。「調和省波紋調査局」と書かれた看板が入口に掲げられている。


建物の中は厳かな雰囲気が漂っていた。床も壁も天井も、すべて半透明の結晶でできており、廊下を歩く人々の波紋が美しく反射していた。


受付で手続きを済ませると、二人は待合室に案内された。


「面接官は調査局のエリート、アリエル・フェンウェイブよ」イリアが小声で言った。「彼女は波紋分析の名家の出身で、非常に優秀だけど...ちょっと厳格な人なの」


「わかりました」澪は緊張を隠して答えた。内心では様々な思いが交錯していた。自分の状態を説明できるだろうか。この世界での立場を確保できるだろうか。


「風間澪さん」受付の職員が呼びかけた。「こちらへどうぞ」


イリアが澪に小さく頷いた。「私はここで待っています。頑張って」


澪は案内された小さな部屋に入った。そこには銀色の長い髪を複雑に編み込んだ女性が立っていた。透き通るような青い瞳と白い肌。完璧な姿勢で立ち、水晶の杖を手に持っている。彼女の周りの波紋は淡い紫色で、極めて繊細な模様を描いていた。


「風間澪」女性が口を開いた。「私はアリエル・フェンウェイブ。波紋分析官よ」


その声は冷たく響いた。


「座りなさい」


澪は指示された椅子に座った。それは部屋の中央に孤立して置かれており、周囲には何もなかった。


「興味深い」アリエルが言った。「本当に波紋がない」


彼女は水晶の杖を澪に向けた。杖の先端が淡く光る。


「これは感情波紋増幅器。通常は隠れた感情を増幅して表面化させるもの」アリエルの青い瞳が澪を鋭く見つめていた。「心を開きなさい」


澪は緊張したが、表情には出さないよう努めた。ここでの面接は重要だ。この世界に適応するための第一歩なのだから。


アリエルの杖から柔らかな光が放たれ、澪を包み込んだ。暖かい感覚があり、何かが内側から引き出されるような感じがした。しかし、目に見える変化はなかった。


「依然として波紋なし」アリエルが低い声で言った。「これは...前例がないわ」


彼女は澪の周りを歩き、観察した。


「あなたはどこから来たの?」


「わかりません」澪は正直に答えた。「気づいたらここにいました」


「記憶喪失?」アリエルの波紋に赤い筋が走った。疑い深さを表しているのだろうか。


「そうかもしれません。最後に覚えているのは、自分のアパートで眠ったことです」


「アパート?」アリエルは聞き慣れない言葉に反応した。


「私の住居です」澪は説明した。「療養所のような個室があるところです」


アリエルは何かメモを取った。「あなたの職業は?」


「心理カウンセラー...心の治療師です」


「興味深い」アリエルの波紋がわずかに形を変えた。「感情の専門家なのに、自分の感情は表現できないと」


澪は黙って頷いた。それは的確な指摘だった。


「試してみましょう」アリエルは突然方針を変えた。「あなたに感情はあるの?」


「あります」澪は即答した。


「なら、今どんな感情を感じている?」


澪は一瞬考えた。「緊張と...好奇心。そして少しの不安です」


「それを表現してみて」アリエルが命じた。「意識的に」


澪は努力した。自分の感情を認識し、それを外に出す。何か変化があるだろうか。アリエルの表情から、何も変わっていないことがわかった。


「興味深い」アリエルが繰り返した。「感情はあるのに、それを波紋として表出できない」


彼女は再び澪の周りを歩き、今度は腕輪に注目した。


「これは何?」


「わかりません。目覚めたときにすでに付いていました」


アリエルは腕輪を注意深く観察したが、触れはしなかった。


「最後の質問よ」彼女は澪の目をまっすぐ見た。「あなたは『暗闇の民』の伝説を知ってる?」


澪は一瞬躊躇ったが、正直に答えた。「イリアから少し聞きました。感情を隠す能力を持つ人々で、大感情災害と関連があるとか」


アリエルの波紋が濃くなった。「そう。歴史的にも危険視された存在よ」


彼女は一歩退き、深呼吸をした。


「風間澪、あなたの状態は非常に珍しい。治療が必要かもしれないし、あるいは...特殊な能力の可能性もある」


アリエルは杖を床に置いた。


「調和省としては、あなたを観察下に置きたい。波紋調査員補佐として働いてもらいながら、あなたの状態を研究するわ」


澪は驚いた。予想していた結果ではなかった。


「補佐として...?」


「そう。あなたの経歴は感情分析に適している。そして、波紋がない状態がどのような意味を持つのか、調査する価値があるわ」


アリエルは書類を取り出した。


「これに署名して。明日から勤務開始よ。住居と必要なものは提供される」


澪は書類を受け取った。正式な契約書のようだ。


「ありがとうございます」澪は言った。「機会をいただき感謝します」


アリエルは冷たく頷いただけだった。彼女の波紋は相変わらず読み取りにくい複雑なパターンを描いていた。


「明日、調査局の東入口に午前8時に来なさい。それまでに、イリア療法士があなたに基本事項を教えるでしょう」


面接が終わり、澪が待合室に戻ると、イリアが心配そうな表情で立ち上がった。彼女の波紋には青みがかった緑色が混ざっていた。


「どうだった?」


「波紋調査員補佐として採用されました」澪は答えた。


イリアの波紋が明るい黄緑色に変わった。「それは素晴らしいわ! やっぱりアリエルも、あなたの特殊性に価値を見出したのね」


二人は建物を出て、再び路面電車に乗った。


「これからどうするの?」イリアが尋ねた。


「明日から仕事が始まります」澪は窓の外を見ながら答えた。「この世界について、もっと学ばなければ」


電車の窓から見える都市の景色。様々な色の波紋が漂う人々。結晶の建物に反射する光。それは美しくも不思議な光景だった。


「澪」イリアが真剣な表情で言った。「一つ忠告するわ。アリエルは優秀だけど、伝統と規律を重んじる人。あなたのような『例外』に対しては...警戒心があるかもしれない」


「気をつけます」澪は頷いた。


「もし何かあったら」イリアは小さな結晶のカードを渡した。「いつでも連絡して。私にできることがあれば力になるわ」


澪はカードを受け取り、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。


「ところで」イリアが少し声を低くした。「明日の朝、都市の西側にある小さな公園に来られる? 『朝の調和』の前に。あなたに見せたいものがあるの」


澪は質問したい気持ちを抑え、ただ頷いた。


電車が次の駅に到着する直前、イリアがつぶやいた。


「濁りは必ずしも悪いことじゃないのよ。時に、最も澄んだ水は、最も深い場所で濁っているものなの」


その言葉の意味を考える間もなく、二人は宿泊施設に向かうために電車を降りた。

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