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【短編】元暗殺者のオッサンと訳あり少年の余生

作者: 間門友人

過去にラジオに投稿した短編です。








「早く起きろ!アキーオ!」


「あぁ?もう少し寝かせろ…」


「ベーコンもパンもカリカリに焼けてるぜ!早くしろ、オレが全部食っちまうぞ!オラッ!」


「ウグォッ!」


シーツごとベッドから落とされ、アキーオはエビ反りの体勢で悶えた。鼻息荒く見下ろす小さな暴君を見上げ、ユーキの生意気な子供特有の口の悪さに、アキーオは眉を寄せながら渋々立ち上がる。


「早く食べてさっさと仕事行け!オレも配達があるんだからな!」


「あー、あの仕事、昨日クビになったわ」


「はぁ!?また!?このっ!ボンクラ元あんさ」


「黙れ」


叫びかけたユーキの小さな口を慌てて押さえ、アキーオは身をかがめながら耳元で囁いた。脅す声色ではないが、ユーキの目にはウルウルと涙が盛り上がる。


「本当の事じゃんか…暗殺者…」


「もうアレは3年前に辞めたっつたろ。今更、辿り着かれたら困る」


「だからいつもボンクラ無職なんだ!あの時オレを連れ出すから!アキーオがバカだからやめるハメになったんだ!バカだバカバカ!」


涙声のまま踵を返して扉へ突撃し、走り去って行く小さな背中を見送りながら、アキーオは頭をガシガシと掻きむしる。


ユーキは生意気だが頗る賢い子なのだ。過去の自分の言葉がアキーオの生き方を変えさせたと自覚している。


「別にお前の為じゃないんだがなぁ…とりあえず迎えに行ってやるか」


呟きながらシーツをベッドへ乱雑に戻し、アキーオは気怠げにパンに齧り付くと、ユーキの後を追った。口は悪いが真面目なユーキは、あの様子でも近所の商店へ配達の手伝いに向かうだろう。


「何で来たのさ」


「それそろ手伝い終わったかなと思ってな」


「ふーん」


そっぽを向き口を尖らせたユーキに手を伸ばすと、ユーキはこちらにチラリと視線を送ってから手を握り返した。表情は不機嫌なままだが、繋いだ手を離さずにブンブン振りながら歩き出す。


「今度はもっと良い仕事探すからさ」


「毎回毎回それ言ってるからボンクラ無職なんだよ。オレの方がちゃんと仕事してるだろ」


「本当に生意気だな~、まぁ、確かにお前は働きも…の…」


「アキーオ?急に立ち止まらないでよ。どうしたの?」


苦笑しながら言いかけたアキーオが立ち止まると、突然ユーキを抱き上げて走り出した。その瞬間、鋭い音と共に2人の横を何かが行き過ぎる。銃弾で撃たれているのだとユーキが認識する前に、アキーオは裏路地に入り込み壁沿いを移動しながら猛スピードで二階へよじ登って、空き部屋の屋根裏にユーキを押し込んだ。


「日が暮れても俺が戻らなかったら以前言った通りにしろ。お前は頭が良いから上手く生き抜けるはずだ」


「嫌だ嫌だ嫌だ!連れて行ってよ!」


「ダメだ!」


「あの時、オレを連れて行くって言った!ずっと一緒にいるって言った!男に二言はないって言った!」


「お前は足手まといだ」


ショックを受けた表情のユーキに笑うと、アキーオは胸元から折り畳んだ紙を取り出して強引に押し付けた。


「教えないつもりだったが、知らないままはお前が危ないからな。運が良けりゃまた会えるさ」


ユーキが何か言う前に、アキーオは外へと姿を消した。今、言いつけに背いてアキーオを追い掛けられるほど、ユーキは愚かではなかった。それが悲しくて悲しくて、ユーキは膝を抱えて泣いた。


「もう日が暮れたのかな…」


どのくらい時間が経ったか分からなかったが、屋根裏に漏れる光がなくなり、手元すらよく見えなくなってからユーキは呟いた。

あのまま、ずっとずっと永遠にアキーオが戻ってくるのを待つつもりでいたけれど、アキーオがそれを望んでいない事も分かっていた。


「アキーオが迎えに来ないなら、こっちから迎えに行ってやる!アキーオはボンクラ無職だもんな!オレがしっかりしないとな!」


小さく己を鼓舞し、ユーキは屋根裏から這い出した。やはり窓の外は漆黒に染められていて、月明かりだけが微かに差し込んでいる。


ユーキは以前に言い聞かされた通り、静かに外へ出ると自分たちの住み家には戻らず、路地裏の崩れた壁に埋め込んだ荷物を引っ張りだして、そのままその街から姿を消した。


「ハァハァ、ここか…」


あれから、一ヶ月ほど移動しながらアキーオを探した。目的地はアキーオの多数あるセーフハウスではなく、以前に引退したら住む用に購入した持ち家らしい。それをそのままユーキに譲渡すると前々から聞かされていた。


「家なんていらないっつーの!」


辿り着いたのは人気のない丘の上に建つ赤い屋根の家で、小さな庭がついていた。


「こんなものアキーオがいなくて、どうしろって言うのさ…」


玄関先に座り込み、パリパリに乾いた紙を胸元から取り出した。アキーオが最後に押し付けてきた中身を、ユーキは今の今まで確認せずに持っていた。もし、それを読んでしまったら、アキーオと二度と会えない気がしたからだ。


「教える気なかったって、バカじゃねーの。最初から分かってたのに、オレに気なんて使ってさ。本当に…」


ユーキは涙がこぼれ落ちる前に上を向いて叫んだ。


「オレが金持ちの臓器移植の為に造られたクローンだって知ってたよ!バカバーカ!アキーオはオレに利用されたんだよバーカ!逃げる為に何も知らない子供のフリして縋り付いたんだよバーカ!アンタなんて暗殺者なんて向かないよ…ホント、バカでマヌケでボンクラだから…無職だし…」


「オイオイ、バカバカ言ってたと思ったら、バカマヌケボンクラ無職ってヒデェな!」


背後から突然声が掛かり、ユーキは勢いよく振り返った。いつの間にか玄関の扉が開いていて、そこに見知った人物が呑気な顔で立っている。


「な、な、何でいるの!?まさか幽霊!?」


「幽霊って、俺があの程度でやられる訳ねーだろ。何だ?心配したか?アハハ!お前、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだな!」


「ハァァァ!?心配なんてする訳ないでしょ!?バカじゃないの!」


ニヤニヤ笑うアキーオの顔に拳を突き出すと、パシッと受け止められる。


「悪かった。ここで待ってりゃ来ると思ってな。幸い、お前の追っ手じゃなかったようだから安心しろ」


「アンタが研究所を壊滅させた時にオレは死んだ事になってるでしょ」


ユーキの言葉にアキーオは眉を寄せながら頷いた。本当は何も知らないまま普通の子供として生きさせたかったのだろう。苦しむアキーオの表情に対してユーキは唇を尖らせた。


「出迎えるなら、お帰りなさいくらい言ってよ」


「ユーキも、ただいまくらい素直に言え」


ワシャワシャと乱暴に頭を撫でられ、ユーキはお返しにアキーオの腹にパンチを決める。

そこには、既に涙は乾き、明るい笑顔を見せるユーキがいた。






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